「敵が分からない時の逃げ方にはバラエティーがあった方がいい」「まん延防止」を絶対要請しなかった知事が貫いた独自理論(後編)

インタビューに答える荒井正吾奈良県知事=5月9日、奈良県庁

 かたくなに「まん延防止等重点措置」の適用を政府に要請しなかった奈良県の荒井正吾知事。真意を聞くため5月、本人にインタビューしたところ、新型コロナウイルス禍で日本に漂った同調圧力への強い嫌悪感を抱いていた。(共同通信=酒井由人)

 (前編はこちら) https://nordot.app/905392789851258880?c=39546741839462401

 Q いつからまん延防止等重点措置は効果がないと思っていたのでしょうか。
 A 最初から。まん延防止措置ができた頃は、飲食店がまん延の源泉地みたいに思われていたが、効果があるかはよく分からないなという感じがしていましたね。こういう時期は、いいかげんなことが出回る可能性があるので慎重に考えなきゃいけない、というのが自分の中にありました。政府が言うから当たっているというものでもない、というふうにずっと見ていたわけです。
 また、飲食店への時短要請は、全国でどこも効果がないとは思わなかったけれども、少なくとも奈良では効かないだろうと思いました。当時の西村康稔経済再生担当大臣からも何度か「どうしてまん延防止措置を要請しないのか」と言われましたが、そのたびに、奈良には時短要請するに値する対象地域はないですと返事をしていました。飲食店は早く閉まるし、盛り場はないので、やっても効かないですよと何度も申し上げていました。

新型コロナの基本的対処方針分科会で発言する西村経済再生相(当時)=2021年4月23日

 Q 昨年には、県内の首長らが県に対し、まん延防止措置などを求める要望書を何度も提出していました。この様子をどのように見ていましたか。
 A 同調圧力だなと。マスコミも含め同調圧力が強い国だと感じました。私の責任は、必要なら続ける、必要なければ、効果がない上に不公平なことはやってはいけないと思っていましたので。
 たとえば、敵からの逃げ方は、日本の場合、みんな同じことをしろという言い方になるんですよね。ところが、大陸である一団に襲われると、同じ逃げ方をしたら全滅するから、おまえは東に逃げろ、俺は西に逃げる、というようにするのが普通なんです。日本は島国だから、やられる時は仲良くというのが同調圧力のもとになっている。私は一緒には逃げませんと言うと、みんな怒ってしまうわけですね。
 敵が分からない時の逃げ方にはバラエティーがあった方がいい。だから、追随しないという選択肢もありなのではないかと思います。みんなが同じことをすると、それが正しかったのか間違っていたのかすら分からなくなる。それでは次に続かない。

奈良県が続けてきた独自の対策について力説する荒井正吾知事=5月9日、奈良県庁

 Q 首長らは、緊急事態宣言やまん延防止措置を出している大阪府などの近隣府県と足並みをそろえてほしいとの思いがあったと思いますが、それも同調圧力なのですか。
 A 同調圧力だと思います。あまり良いことではないと思っていました。幸い、大阪、京都、兵庫の3府県からは一緒にやりましょうと声をかけられなかった。

緊急事態宣言の延長を政府に要請することを決めた4都府県の知事。左から、東京都の小池百合子知事、大阪府の吉村洋文知事、京都府の西脇隆俊知事、兵庫県の井戸敏三前知事=2021年5月6日

 Q まん延防止措置が出ていないことで不安を感じる県民もいました。知事の情報発信の仕方も問題だと指摘されてきました。
 A 一言で言えないという性格もある。たとえば、大阪府の吉村洋文知事みたいに一言で言った方がマスコミ受けするのになと思ったこともあります。けれど、マスコミ受けをして役目を果たすという立場でもないと思っていたから。

 Q 県民に対し、まん延防止措置を出さなくても安心だと発信することはできなかったのでしょうか。
 A どういうふうにすれば良かったですかね。教えてもらいたいぐらいです。みんなと同じことをしていると安心なのに、という同調の意思が強いところに、違う方向に行った方が良いと伝えるにはどうすれば良かったでしょうか。
 同調圧力に逆らうにはどうすれば良かったのか。僕としては難しいことだったと思います。

新型コロナウイルスの影響により多くの土産物店が休業したままの奈良・興福寺付近。緊急事態宣言が解除されたが人通りは少なかった=2020年5月15日午後

 Q 政府は、これまでの新型コロナ対策を検証する作業に、今年4月になってから着手しました。国内での感染確認から約2年半。ようやくという感じがしますが。
 A 本当にそのように思いますね。効果検証は常にやっていてもおかしくないんですけど、その時の責任者を追及することになりますから。
 戦いになると、将軍がちゃんと戦ったかどうか必ず検証するんです。その時に将軍が「俺がやったことにけちをつけるんか」という姿勢だとだめなんですよね。「俺も間違っていたかもしれない。けちをつけられても良くなるのであれば」という姿勢の方が良いと思います。けれど、政治はそうもいかない面があるので、効果検証については、みんなすごく及び腰だったと思います。

 

新型コロナウイルス対応を巡り、記者会見する岸田首相=2021年2月17日夜、首相官邸

 Q 知事は定例会見で「数字の意味を分析していない情報は、単なるデータであって、インフォメーションではない」と述べていました。

 A 政府は、病床が逼迫すれば行動を抑制するよう求めてきましたね。でも、感染者の9割が自宅療養をしている現状であれば、病床逼迫の度合いというのは、メルクマール(指標)にならないのではないですか。病床使用率が5割を超えると、もっと用心しろと言う。これはあまり意味のない目標値ではないかと思います。
 ほかにも、県が悪い数字を無視したと、あるマスコミに書かれたことがあります。人口10万人当たりの感染者数のこと。でもこれも、どのように解釈すれば良いのでしょうか。
 都心に近いところは、人口10万人当たりの感染者数は多くなるに決まっています。感染源に近いところとコネクトがあるので。それと比べ、過疎地域の人口10万人当たりの感染者数は当然違ってくると思う。

県の資料に記載された「飲食店の時短は、効果が見えない」との記述=6月1日、奈良市

 Q 最後に。これからもまん延防止措置は要請するつもりはないのでしょうか。
 A 効果があると分かれば、ね。効果があるのにやらないというのは、責任を果たしていないことになるから。効果があると実証していただければ、追随するのに何の恥じらいもないわけですけれども。効果がないのに効果があると言うと、それは政治家のうそになる。うそはつきたくない。

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