復帰直後の沖縄〈50年前きょうの1面〉6月4日「米軍基地の大幅縮小要求へ/沖縄開発庁」―琉球新報アーカイブから―

 1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。
 

 日本「復帰」直後の1972年6月4日の琉球新報1面は、「米軍基地の大幅縮小要求へ/沖縄開発庁、外務省・防衛庁に/開発に最大の障害/近く返還リスト作成」との見出しで、政府の沖縄開発庁に同じ政府内の外務・防衛へ米軍基地の大幅な縮小を要求する考えがあることを伝える記事を掲載している。記事では「沖縄開発庁は、(中略)沖縄開発の最大のネックは、広大な米軍基地だとの見方をしている。(中略)このような考え方は、政府の経済関係省庁の一部にもあり、現状のままでは、特に沖縄本島中、南部地区の開発は実施できないとみて、このさい具体的な基地縮小計画をたてるべきだという考え方が強まっている」」と開発庁内の動きを紹介している。
 さらに開発庁の詳しい考え方として「現在、一番問題視しているのは沖縄本島を寸断し、虫くい状態にしている米軍用地。このままでは開発計画の基本となる土地利用計画すら思うようにつくれない―としている。軍用地は、沖縄県の総面積の約12%を占め、沖縄本島になると22%、中南部地区にゆくと30%以上を占めている。しかも、いい場所は、全部米軍が押さえている状態の中では、思い切った開発はできないのではないかとみている。特に那覇市のマチナト・ハウジング・エリアのように、米軍も返還を約束、あとは、政府が代替施設をつくれば返還される地域などは、早急に返してもらうべきだとしている」と記している。
 知事選関連では「あすから立会演説会/那覇皮切りに全県9カ所/自民、革新が激突」と、立会演説会の日程など続く舌戦の様子を伝えている。知事選に向けた情勢について「両陣営が那覇、中部に集中したのは、両地区がこの選挙の〝天王山〟となるとみているからだが、両陣営とも『物価問題での政策が選挙を決定する』として地道な公約を説明するとともに『負けられぬ一戦』と背水の陣をしいての懸命な論戦を展開した。だが両陣営がこの街頭演説で得た反応では『県民はまだ一つ冷ややかで盛り上がりを欠いている』という」と紹介している。
 選挙に関連しては、こぼれ話を盛り込んだ「選挙レーダー」も連日掲載している。この日の選挙レーダーは「人を見れば〝スパイ〟と思え」との見出しで、両陣営と「情報漏れ」を懸念して「支持者を装い相手側の選挙スパイが暗躍する」と警戒している様子を伝えている。
 県内の基地の状況について「〝移駐、連絡なし〟/B52嘉手納基地へ飛来か/外務省、事実の確認急ぐ」との見出しで、B52戦略爆撃機がグアム島周辺の天候悪化を理由にベトナム爆撃からの帰途、嘉手納基地に飛来したことが今後、一時移駐につながるとの情報を巡る政府反応などを伝えている。
 
 
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 5月15日で復帰を迎えたが、沖縄を取り巻く状況は復帰して変わったこともあれば、変わっていないこともあった。琉球新報デジタルは、復帰を迎えた沖縄のその後の姿を琉球新報の紙面でどう記したか、引き続きお届けしていきます。  

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