<書評>『南琉球宮古語 池間方言辞典』 変化に満ちた方言、味わう

 宮古群島最北端の池間島は、琉球王国時代の御嶽信仰や祭祀(さいし)「ミャークヅツ(宮古節)」を、今でも受け継いでいることで有名である。この信仰・祭祀は、池間島から移住した伊良部島の佐良浜(1720年)や、宮古島の西原(1874年)でも継承され、独自の民俗風習を同じくするこの3地域の住民は、池間島をルーツとする共同体意識や、航海術に長けた先祖への誇りなども併せ持ち、自らを「池間民族」と呼ぶ。

 この池間民族の言語と文化に焦点を当て、消滅の危機にある方言の保存・継承モデルづくりを目的とした共同研究「池間プロジェクト」が16年前に、当時京都大学の田窪行則教授(現在国立国語研究所所長、本辞典の著者)らによって立ち上げられた。

 「池間方言」とは、池間島・佐良浜・西原で話される方言である。しかし、今ではそれぞれの間に微妙な差異があるという。プロジェクトは西原を対象地点にして、地元出身で著者の仲間博之さん(元宮古高校校長)や、地元住民の協力を得て進められた。研究調査や実践活動は、日常会話調査、祭祀の収録、住民による方言絵本や方言歌劇の作成支援、池間方言講座開設など多岐にわたり、その成果はデジタル博物館に収録される。

 本辞典はこのプロジェクトの一成果だという。採録した語彙(ごい)・成句は約6千項目で、池間島、佐良浜の方言形は含まれない。編さんには、研究者のための記述が施されているほか、一般利用者への配慮もされており、「池間方言」を調べ、味わうことができる。

 本辞典は「昨日」を「〓ぬ」と書いている。「〓」は無声両唇鼻音(両唇を閉じて息を鼻に通す)で、この音声は日本で池間方言のみといわれる。「ええと。もう」(フィラー)に相当する「んめ」や、「~ってさ」(伝聞)の「~っちゃ」も特徴的である。「魚」は「っぞぅ」[zzu]である。「魚」の宮古語は普通、語頭に摩擦音を伴うが、仲間さんによれば、この場合語頭に摩擦音がなく、一拍分待って「ぞぅ」が発せられるという。「池間方言」は随分変化に満ちている。

 (野原優一・元大学非常勤講師)
※注:〓は「ん」の上に「。(半濁点)」
 著者・編者は仲間博之氏(元宮古高校校長)、田窪行則氏(国立国語研究所所長)、岩崎勝一氏(UCLAアジア文化学部教授)、五十嵐陽介氏(国立国語研究所教授)、中川奈津子氏(同准教授)。
 

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