「アダルトビデオとは何か、どう捉えるべきなのか」AV新法の議論が行き着いた先にあったもの “一歩前進”で終わらせてはいけない理由

法案を巡って記者会見した当事者団体「AV出演対策委員会」のメンバーら=5月9日、厚生労働省

 アダルトビデオ(AV)出演を巡る被害者の救済を目指した新法が15日、国会で成立した。議論の発端は、4月からの成人年齢引き下げ。未成年はAV業者らと契約しても、後で取り消せる「未成年者取り消し権」がある。しかし、成人となった18、19歳は取り消し権を使えなくなったため、まだ判断力が未熟な若者を助ける手段が必要に。議論の結果、新法は年齢を問わず対象とし、一定の被害救済効果が期待できる内容となった。
 一方で、議論が進むと、当初の想定とは別の論点も浮上した。それは、目の前の被害者救済だけでなく、今後被害者を生まないために、AV自体がどうあるべきかという点だ。実際の性交、いわゆる「本番行為」を含むAVが法律で初めて定義づけられたことで、「実質的に合法になると解釈できる余地が残っているのではないか」と疑問視され、立法関係者らがくり返し否定する事態になった。
さらに、そもそもAV内での本番行為を認めるべきなのかどうか考えようという動きも起きた。
 出演者の中には、表現者としてプライドを持っている人もいる。業界のルール作りに取り組んだ人は、今回の動きに複雑な心境を抱えている。その半面、多くの出演者や支援者は、過酷な性暴力を目の当たりにし続けている。突き詰めていくと、AVとは何か、AVをどう捉えるのかという根深い問題に行き当たる。(共同通信=池上いぶき、川南有希)

 ▽出演者の未来を奪うデジタルタトゥー

 5月13日、超党派の国会議員が連日に渡って協議し、とりまとめられた新法の素案が報道陣に示された。仮称は「AV出演被害防止・救済法」。出演者は性行為を拒絶することができると明記した上で、契約について次のような規定が設けられた。
 

 (1)契約成立から撮影までは1カ月、撮影から公表までは4カ月空ける
 (2)AV公表後、1年間は年齢や性別を問わず、無条件で契約を解除できる(ただし、新法施行から2年は解除期間を2年間とする)
 (3)制作者は出演者に対し、撮影がAVであること、求められる性行為の具体的内容を書面で示す
 (4)制作者は、映像によって出演者が特定される可能性があることや、相談窓口についても説明する
 (5)虚偽の説明や威迫などの違反をした制作者には、3年以下の懲役または300万円以下の罰金、法人には1億円以下の罰金を科す
 (6)契約が取消・解除されても、出演者に賠償金を科すことはできない

 参加した議員の一人は「被害者を守る大きな武器になると、確信しています」と自信をにじませた。
 AV出演被害者を支援する団体のメンバーらが結成した「AV出演被害防止・救済法の実現を求める会」は、5月15日に声明文を公表し「被害者の尊厳や人権を守り、被害の予防や救済を実現するために必要な法律」と素案を評価した。
 支援団体「ぱっぷす」の内田絵梨さんも評価する一人。今まで、多くの相談者から「周囲の目を恐れて外出もできない、出演作品を消したい」と頼まれてきた。いわゆる“デジタルタトゥー”は過去や現在だけでなく、未来まで奪う。

アダルトビデオの出演被害救済に向けた法案を審議する衆院内閣委員会=5月25日

 これまでは、もどかしく思いながらも業者に頭を下げ「消してください。お願いします」と頼むしかなかった。しかし、新法によって今後は削除に法的な根拠ができる。「相談者の声が、ようやく形になろうとしている」と語った。

 法律は6月15日に成立。内田さんらは直後に記者会見し、「よかった」と安堵の表情を見せた。元AV女優の小室友里さんは「業界の他力本願的体質を抜本的に改革してくれる」と歓迎するコメントを寄せた。

 ▽売買春と何が違うの?

 AV出演被害の深刻さが改めて認識され、被害を防ぐための法規定が整備されたのは前進だが、その議論の過程で思わぬ“副産物”ができた。
 法律にAVを書き込むため、AVとは何かを定義する必要がある。最終的に、新法はAVを「性行為映像制作物」と定義した。注目を集めたのは、この中の「性行為」が指し示すものとして、実際の性交、いわゆる「本番行為」を含めた点だ。
 一般社団法人「Colabo」代表の仁藤夢乃さんらは声明文を発表し、こう疑問を呈した。
 「売春防止法で禁じている行為をしても、撮影と流通に同意すれば合法となるという解釈の余地が残されていないか」
 

AVへの出演強要を巡り、国会内で開かれた集会=3月

 出演者が本番行為をし、その対価として金銭を受け取る契約が売買春とどう異なるのか、という率直な疑問は、関係者の共感を得た。
 懸念を受け、与野党の議員でつくる実務者会合は「もとより、公序良俗に反する契約や違法な行為を容認するものでも、合法化するものでもない」との文書を出した。
 さらに新法の第3条に「刑法、売春防止法などで禁止・制限されている行為をできるようになるものではない」と法律名を明記して注意を重ね、新法の定義によって違法行為が合法化されたわけではないこと、罰則の対象になり得ることを強調した。
 他にもいくつかの疑問が上がった。例えば、海外サーバーを経由した投稿は法規制を免れてしまうとの指摘。立法に関わった立憲民主党の塩村文夏議員は、「撮影や投稿など何らかの行為が日本で行われていれば対象となる」と説明している。
 また、解除や取り消しによって制作者が著作権を持たなくなり、原状回復などの義務を負わなくなるのではないかと心配にもなるが、著作権がそのように消滅することはないという。「条文や他の法律をうまく組み合わせて、考えられる穴を潰しています」
 ただ、その実効性は今の時点では分からない。罰則などを厳格に運用し、効果を検証することで、こうした懸念を払拭する努力が国には求められる。

 ▽「本番じゃなくても『している』ように見せられる」

 実務者会合に参加した議員らは今回、「現にある被害」の救済のために議論を重ねた。ただ、AV被害について法律を作る目的で正面から論じたのは恐らく初めて。このため関係者の間で議論が広がっていき、ついには撮影時の「本番」の是非に踏み込む発言も出た。
 仁藤さんは「根本的な被害防止のためには、撮影時の性交を禁止することが必要」と訴える。ある40代のAV女優は「本番行為が無くても、しているように見せることはできる」と明かした。
 この女性は実際、本番を1日2回と決め、3回目以降は「疑似」で演技しているという。「ただ、今の視聴者は本番ありに慣れている。性交が法律で禁止され、全て疑似となると、法に従ったAVは購入されなくなり、違法動画へ流れるのでは」
 一方で、本当に性交している限り、たとえ避妊や性感染症の検査を徹底したとしても、妊娠や性感染症に感染する危険性は絶対にゼロにはならない。個人差はあるが、身体的な痛みや精神的な負担も伴う。これほどハイリスクな行為を労働として認めていいのかどうか、また、禁じるならどのような対策を取るべきかは、現場や被害者の声もよく聞いた上で今後、議論を深めることが求められている。

自民党本部で開かれたAV出演契約強要問題に関する会合=5月28日

 ▽闇の部分にこそ規制をかけて

 現在のAV業界では、出演者の人権に配慮し、健全化を図る「適正AV」という枠組みが広がりつつあるという。
 2017年、業界を第三者的立場で法務監督する「AV人権倫理機構」が発足した。18年に策定した業界ルールは、リスクや出演料の説明、性感染症検査などを義務付け、未審査の制作物公表や違約金請求を禁止した。
 今回の新法も、この業界ルールを土台としている。しかし、機構代表理事の志田陽子さんは新法を評価しつつ「消極的な賛成」という。懸念が残るからだ。
 例えば、制作者が出演者から契約解除された場合、制作物の配信停止や回収といった原状回復義務が生じる。その費用は高額だ。中小の業者ではその負担に耐えられない恐れがある。そうなると法令を遵守する「適正」枠から脱落し、裏ルートなどでひそかに販売しかねない。結果的に被害の「地下化」が進むと危惧している。
 現在は、インターネットの普及とIT技術の進歩により、AV制作はプロの業者だけのものではなくなった。いわゆる「パパ活」などを装って一般人が撮影する「同人AV」のほか、無修正の違法サイトが悪質な勧誘や性犯罪の温床にもなっている。
 2021年10月には、パパ活を通じて知り合った女性をAVに勧誘した男らが、今年5月には女性と出演する無修正動画をインターネット動画サイト「FC2」にアップロードした男が逮捕されている。志田さんは「こうした闇の部分こそ規制して」と訴える。
 AV人権倫理機構はこれまで、外局団体「AVAN」を設置し、女優へのアンケートも実施。志田さんもいろいろな人を見てきた。その経験から、出演者を一律に「自己責任」と責めたり、反対に「全員が被害者だ」と決めつけたりすることは乱暴だと感じている。
 「AV=悪いと過剰にレッテルを貼れば、出演者にとっては悪循環になる。職業選択の多様性を淡々と受け止め、必要な権利を保護できる社会になってほしい」
 AV人権倫理機構理事の河合幹雄氏は、数十人の女優と話し、業界の良い面も悪い面も聞いた。女性たちが憧れや妥協などから「簡単に足を踏み入れる業界ではないと思う」と語った。

 ▽「女優の声は聞かれてない」

AV出演被害防止・救済法案の成立に反対するデモ参加者=5月22日、東京都新宿区

 志田さんや河合氏が指摘する通り、AVの世界で生きてきた女優の考え方はさまざまだ。消したい過去と考える人がいる一方で、「表現」と捉える人もいる。
 5月22日夜、JR新宿駅東口の広場では、2つのデモが実施された。「新法の内容では十分に被害救済できない」として反対する人たちは、女性への暴力に抗議するシンボルカラーの紫色をまとっていた。

 一方、そこから少し離れた場所では、セックスワーカーへの差別を懸念し、赤い傘をさす人たちがいた。熱気が立ちこめる双方の間で、立ち尽くす女性がいた。元AV女優の三代目・葵マリーさんだ。

 「これって、私たちの話なのにな」と話した。議論は盛り上がっているが「当事者である女優の声は聞かれていない」と感じていた。
 葵さんは「AVは作品」と言い切る。事務所に属さないフリー女優連盟の理事を務め、表現者として、プライドを持って働いてきた。
 ただ、安定した職業でないためマンションを借りることができない。出演していると知られると勤務先でセクハラされたり、辞めさせられたりする女優も見てきた。「私が守ってほしい人権はそこ。AV女優には何をしても良いと思われている。職業として認めてほしい」

取材に答える葵マリーさん=左=と翔田千里さん。女優の実態を理解するよう求めた=5月23日、東京都新宿区

 AV女優の翔田千里さん(52)が求めるのは、女優の相談体制の拡充だ。業界では女優同士の交流が歓迎されず、出演者は自分のいる環境を周囲と比べにくい。「基本1人なんです。新法の規制がアングラ化につながれば、より相談できることが必要になる」。出演者用の相談窓口をメーカーに設置させ、新人に教育の機会を設ければ、業者の言いなりにされるトラブルは減らせると感じる。

 ▽「エロチカを否定しているのではない」

 AVをどう捉えるかについては、今回の新法を巡る議論が契機となり、“パンドラの箱”を開けたかのように多様な意見が飛び交う。「AVはエンターテインメント」「本番は禁じるべきだ」「AV自体なくそう」「でも性犯罪を抑止している」「いや、むしろ誘発している」―。
 この現状を、被害者に寄り添ってきた支援者はどう見ているのか。
 支援団体「ぱっぷす」代表の金尻カズナさんは、「搾取の構造」に目を向けるべきだと説明する。

 「AVに出演すると、多くは最初の作品が一番売れ、徐々に売れなくなる。けれど、その後の人生は配慮されない」。出演者はそのうちAV出演だけでは生計を立てられなくなる。かといって、別の職種への就職や結婚を考えたとしても、映像が残ることで“過去”がついて回る。「デジタルタトゥーになると知りながら若い出演者を取り入れるのは、性的搾取そのもの。(芸術的な表現の)エロチカを否定しているのではなく、搾取する構造に終止符を打ちたいんです」

AV出演を強要された被害者を支援するNPO法人「ぱっぷす」の金尻カズナ理事長

 懸念されるアングラ化については「それこそが今回摘発しやすくなった部分」と説明する。新法では「地下」の制作物も一律にAVとみなし、規制の対象とするためだ。繰り返しになるが、違反行為をした法人には最大1億円の罰金が、個人には懲役刑が科される可能性もある。「潜る」リスクはかなり大きいと言えるだろう。
 21年度にぱっぷすに寄せられたAV出演に関する相談は81件だった。SNSでは「お仕事楽しいです」と発信している女優が、相談中に「死にたい」と漏らすことがあるという。「泣き寝入りしている人もいる。新法で救える人は多い」と希望を感じている。

 ▽出演の背景に貧困や性被害経験も

 出演契約をどう規制するかは、今回の法施行で終わらない。「施行後2年以内に検討する」と明記されている。
 AV出演強要問題に長年取り組み、業界の自主規制や今回の法案作成にも関わってきた人権団体「ヒューマンライツ・ナウ」の副理事長伊藤和子弁護士は「世論が高まった今、ここで止まってはいけない」と話す。
 AV出演を希望する人の背景には、過去の性被害経験や貧困、虐待などの事情があるケースも少なくない。その場合は医療や福祉面での支援も検討されるべきだろう。

AV法案を巡る当事者集会で話す参加者=5月、国会

 今回の取材で出会った人はみな、それぞれに苦しみを抱えるからこそ、どうすれば人権を守れるのかを真剣に考えていた。多様な立場から声を上げ、相互理解を進めながら、人権保護を第一に議論を深めることが重要だ。

© 一般社団法人共同通信社