アスベスト被害の救済基金「一部を治療研究に」 過半数の委員が賛成

アスベスト(石綿)により健康被害を受けた患者らに対し療養手当などを支払う救済制度の改正を検討する環境省の委員会で6月6日、その費用の原資となる国や事業者、都道府県が拠出する基金の一部を治療研究に活用することが議論となり、委員の過半数が賛意を示した。(井部正之)

アスベスト被害の救済制度について改めて委員会で議論が始まった環境省

◆約800億円積み上がる基金

「すき間なき救済」を掲げて2006年2月に制定されたこの制度は、「民事の損害賠償とは別の行政的な救済措置」として、「原因者と被害者の個別的因果関係を問わず、社会全体で石綿による健康被害者の経済的負担の軽減を図る」もの。

この制度では、中皮腫(肺や心臓などの膜にできるがん)や石綿が原因の肺がんなど、労災補償の対象にならない石綿による健康被害を受けた患者や遺族に対し、認定されれば、医療費の自己負担分や月約10万円の療養手当、計約300万円の特別遺族弔慰金・特別葬祭料(遺族が認定された場合)など給付される。

2006年3月の施行から16年間で計2万2888件の申請があり、1万6981件が認定された。3594件が不認定で、1611件が取り下げ、702件が審議中。認定率は83%。

5年ごとに施行状況をふまえた見直しが位置づけられていることから、改めて検討を開始することになった。本来なら2021年11月までに同省は委員会を開催しなければならなかったが、新型コロナウイルスの感染拡大により委員会を開催できなかったという。

同日ウェブ会議方式で第1回会合が開催されたのは中央環境審議会の「石綿健康被害救済小委員会(委員長:浅野直人・福岡大学名誉教授)」。

会合では、被害者団体「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」から提出した要求事項の1つである、救済給付の費用を積み立てている国や事業者、都道府県が拠出する基金の一部を治療研究に活用することが議論になった。

基金はすでに約783億円が積み上がり、給付に対して余ってしまっているのが現状だ。そのため2014年4月から事業者の拠出率を半分以下(1000分の0.05から1000分の0.02)に引き下げている。研究者からは「環境省は制度設計に失敗した」との指摘もあるほどである。

中皮腫患者で「家族の会」に所属する、石綿対策全国連絡会議運営委員の右田孝雄委員は、「中皮腫をはじめとしたアスベスト関連疾患を治せる病気にしたい。私の周りだけでも毎月何人もの中皮腫患者が亡くなっています。いまの標準治療が終われば治療法がないと不安を抱えて、死と闘っている患者さんが多い」と現状を話す。

◆「格差」と「すき間」いつまで放置か

「私たちは生きたい、生き延びたいというのが主張です」と右田委員は続け、「いまの患者は現場の医療関係者と力を合わせて治せる病気とするよう奮闘している。私たちの試算では、現状783億円あるという基金を十分安定的に運用することができるので、その基金の一部をぜひとも活用していただいて治療研究にも回していただきたい」と訴えた。

日本医師会副会長の今村聡委員は基金の金額や給付状況を確認したうえで、「できるだけ有効活用されることが重要」と賛意を示した。

労働者健康安全機構アスベスト疾患研究・研修センター所長の岸本卓巳委員は「より正確な診断、繊維性胸膜炎との判別、肺がんとの判別が非常に問題になりますので、ぜひそういうお金をいただいて、より正確な診断をしていきたい」「石綿肺がんの特徴的な遺伝子学的な検討など医学的な研究にも基金を利用させていただきたい」などと期待を寄せた。

ほかの委員からも次々と賛意を示す声が上がり、計10人の委員(1人欠席)のうち過半数を超える6人が賛成した。

反対意見は出なかったが、日本経済団体連合会常務理事の岩村有広委員が「個別の因果関係を問わず迅速な救済を図る、個別の被害者の救済を目的としたものという趣旨を踏まえて議論いただきたい」と注文をつけた。

かねて「すき間」や「格差」のない救済を求めてきた「家族の会」は5月11日、同省と交渉し、(1)「格差」のない療養手当と「すき間」をなくす認定基準の見直し、(2)中皮腫に対する治療研究促進のための「石綿健康被害救済基金」の活用、(3)時効救済制度の無期限延長──を訴えた。

今回の委員会でも「家族の会」は、
・発症年齢や発症前の所得、家族構成に配慮した給付の再構築に加えて、遺族年金を含む給付の新設、消費税・物価上昇への対応など給付の見直し
・「命の救済」に向けた基金の治療研究などへの活用
・肺がんなどの認定基準が労災や建設アスベスト被害の給付金制度の基準より厳しいことによる「不当な格差」の是正
・労災では対象だが、救済制度で除外されている「良性石綿胸水」の指定疾病への追加
・救済制度の対象者に実施するとされたが、関東甲信越以外放置されている個別周知の徹底
・がん対策基本法に対応した民間部門におけるピアサポート活動などの周知と支援
──などが必要と意見を提出している。

「生きたい、生き延びたい」という患者の切実な望みは、どれだけ救済制度に反映されることになるのか。今後の検討が注目される。

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