セーリング、対戦形式の「チームレース」強化に日本が乗り出した 7月の米国大会に代表派遣、2028年ロス五輪にらみ

2018年の第1回GTRRで操船するスキッパー(右端)とクルー(ニューヨーク・ヨットクラブのホームページから)

 昨年の東京五輪で実施されたセーリングは、20~40艇が一斉にスタートして順位を争った。ディンギーと呼ばれる小型ヨットで行われるレースはこの形式が一般的だが、対戦形式のレースも欧米を中心に普及している。その一つが、複数の艇でチームを構成し、2チームが対戦する「チームレース」だ。ただ、チームレースは日本ではほとんど行われたことがないが、2028年ロサンゼルス大会では実施される可能性があり、日本セーリング連盟(JSAF)は強化に乗り出している。
 世界的な名門ヨットクラブ、ニューヨーク・ヨットクラブ(NYYC)が今年7月に本拠地の米ロードアイランド州ニューポートで「グローバル・チームレース・レガッタ(GTRR)」を開催する。その名の通り、チームレースの国際大会で、今回が3回目となる。日本からは過去2回、出場しているが、JSAFは今回も代表チームを派遣する。もちろん、ロサンゼルス五輪をにらんでのことだ。(共同通信=山崎恵司)

 ▽最下位を取ると敗れるチームレース

 ヨットレースは大きく「フリートレース」、「マッチレース」それに「チームレース」の3種類に分けることができる。前述のように、オリンピックや世界選手権などで多くの大会で行われているのがフリートレースで、3艇以上のヨットが同時にスタートし、同じコースを回って順位を競う。マッチレースは、2艇のヨットが1対1で対戦して勝敗を争う。世界最高峰のヨットレースと呼ばれるアメリカズカップはこの方式で開催される。
 7月のGTRRは、1チーム2艇で、2チーム(計4艇)が対戦し、最下位4位艇のチームが敗れるというルールで行われる。フリートレースとマッチレースは単独で順位や勝敗を争うが、2艇ずつで戦う今回のチームレースはヨットを早く走らせる操船技術だけでなく、味方艇と連携して4位を免れ、相手チームに4位を取らせることが求められる。他の2種類のレースとは比較にならない複合的な思考や戦略性が大きなウエイトを占める。

2018年の第1回GTRRで行われた2艇ずつに分かれて争うチームレース(ニューヨーク・ヨットクラブのホームページから)

 GTRRで使用するのは、ソナー級という全長7メートルで、船底に重さ約400キロのバラスト(重し)が取り付けられている。バラストを「キール」と呼ぶことから、こうしたタイプを「キールボート」と総称する
 今回は日本のほか、地元米国から3チーム、英国2チームなど、9カ国から合計12チームが出場。ニューヨーク・ヨットクラブはソナー級を多数保有しており、レースで使用する24艇すべてを用意する。GTRRは、2018年に今回と同じニューヨーク・ヨットクラブの主催で第1回が行われ、翌19年に英国で開催された。20、21年の大会は新型コロナウイルス禍で中止され、第3回が3年ぶりに実施されることになった。

 ▽2艇8人で1チーム

 今回のJSAF代表チームは総勢8人で、その中に、3人の女性を含むことがルールで定められている。8人中、5人がキールボートのレースでは強豪として名高い月光チームのメンバー。今回の中核的存在はチームリーダーの石山雄大さん(41)と、2艇のうちの1艇で舵を握るスキッパーを務める市川航平さん(31)だが、2人も月光で豊富なレース経験を積んできた。
 石山さんはセーリングの競技歴25年のベテランで、今回が2度目のチームレースとなる。「僕と市川がレベルを引き上げていかなければいけないので、僕らが持っている経験をどんどん彼らに伝えていく」とチームを引っ張る意気込みを語る。現状の仕上がりを尋ねると「コロナの中でやれることはやってきた。スキッパーもクルー陣も非常に経験があるし、国際経験もあるし、成績を残してきたメンバーで固めているので、ある程度行ける」と自信をのぞかせた。

日本セーリング連盟代表チームの8人。前列左から、石山雄大、市野直毅、市川航平、宇田川真乃。後列左から、森口史奈、松山宏彰、伊村仁志、松岡嶺実(写真提供:中澤信夫氏)

 市川さんは小学生からヨットに乗り始め、競技歴は25年。チームレースは3度目となるが、現在はJSAFのナショナルコーチも務めていて、日本が過去の五輪でメダルを獲得した唯一の種目である470級を含め、すべての五輪種目を指導できる知識を持つ。フリートレース、マッチレースの経験も申し分ない。「リードしてても難しいけど、負けててもやりようがいくらでもあって、レースが終わるまで(逆転の可能性が)残っているっていうところは面白いところだな、と思う」とマッチレースの魅力を表現した。
 月光チームの本拠地、月光ハウスは神奈川県三浦半島の油壺湾に面したヨットハーバーに隣接する。7月の大会で使用するソナー級は日本にないため、月光チームのJ24級2艇で、約2年間、練習を重ねてきた。J24級は最も普及しているキールボートで、ソナー級と大きさがそれほど変わらない。石山さんによると「キールボートの基本、ベーシックなことをすべて学べる」という。8人のメンバーの大半が会社勤めという事情もあり、練習は2週間に1度の割合で設定される。課題は、国内にチームレースの対戦相手がいないことで、練習の主体はマッチレース形式だった。しかし、5月に愛知県の三河湾で合宿した際には、現地のJ24級のチームに協力してもらい、なんとか、2艇対2艇のチームレース形式で練習を積むことができた。

 ▽470級トップ選手もメンバーに

 今回は、月光チーム以外から強力な戦力が加わった。東京五輪の470級代表を目指して戦った市野直毅さん(34)と宇田川真乃さん(23)。ともに東京五輪出場は逃したが、男女の470級では国内トップクラスのスキッパーだ。市野さんは市川さんと同じようにスキッパーを務め、宇田川さんはマスト(帆柱)の前に展開するセールを操作するトリマーを担当する。
 五輪出場を懸けて戦ったトップ選手であってもキールボートでのチームレースは、まったく勝手が違う。市野さんは「フリートレースとかディンギーでは、艇のスピードが第一だったけど、チームレースでは速いからといって、自分が1位でも仲間が4位だったら、負けてしまう。単に速いだけではダメで、仲間が4位だったら、そのスピードを使って、相手を4位に落とすような戦術とか技術が必要になってくるので、そこがすごく難しい。フリートレースしか経験がなく、全然違うので難しかった」と違いを説明した。
 宇田川さんは「チームレースは作戦を立てながらやっていくので難しいけど、フリートレースと違って(味方艇や相手艇のことなど)いろんな要素が入ってくるので、それが面白さだったりする」と受け止めている。

 ▽米国「チームレースを五輪種目に」

 チームレースは米国で盛んに行われていて、日本の大学選手権(インカレ)に相当する大会でも行われる。そうした背景があって、地元ロサンゼルスで開催される2028年五輪で実施できるように、米国セーリング連盟は動いていて、そうした情報がJSAFに入ってくる。月光チームのオーナーでもあるJSAFの中澤信夫副会長は今回のGTRR参加について「ロサンゼルスでの五輪種目採用に備えての強化ですか」との質問に「もちろんです」と即答した。
 JSAFキールボート強化委員会の金子純代委員長によると、ニューヨーク・ヨットクラブがGTRRを開催するのも、五輪種目採用への実績と下地作りの狙いがあるという。「ロサンゼルス五輪でキールボートでのチームレースが入る可能性は高いです。米国はロサンゼルスに向けて準備を始めていて、ジュニアからチームレースの教育をしている。米国セーリング界にニューヨーク・ヨットクラブは影響力がある。たぶん、ずいぶん前から考えていて、第1回GTRRの招待状をニューヨーク・ヨットクラブから発信したのだと思う」
 2028年ロサンゼルス五輪をにらんだキールボートによるチームレース強化の一環と位置付けられるGTRR参加。目標を尋ねると、取材した関係者は口をそろえて「3位以内」。チームレースの練習機会が少ない、レース艇のソナー級がないなどのハンディキャップをカバーしようと、コロナ禍にもかかわらず重ねてきた練習の成果が出るのは7月下旬だ。

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