<社説>日銀総裁値上げ発言 生活者との乖離 甚だしい

 日本銀行の黒田東彦総裁が、「家計が値上げを受け入れている」という発言に批判が噴出したことを受け、発言の撤回に追い込まれた。商品価格の相次ぐ値上げに苦しむ生活者の実態と乖離(かいり)した発言だ。中央銀行に対する国民の信用を揺るがしかねない。 賃金は上がらない中で、先の見えない物価高騰に家計も企業も厳しいやりくりを強いられている。「アベノミクス」の失敗という自身の責任を棚上げし、現在の物価上昇に期待するような認識は日銀総裁の資質が問われる。

 黒田氏は6日の講演で、商品価格が10%上がっても半数以上が「その店でそのまま買う」と回答したアンケート結果を基に、「家計の値上げ許容度も高まってきている」「家計が値上げを受け入れている間に、賃金の本格上昇につなげていけるかだ」など、国民に我慢を強いるような見解を示した。

 だが、引用したアンケート結果は買う量や頻度を減らして節約するとした回答には触れられていないなど、恣意(しい)的な引用や根拠の薄さが指摘される。黒田氏はコロナ禍の行動制限下で蓄積した「強制貯蓄」にも言及したが、低所得層では増えていない。

 2013年に総裁就任した黒田氏は、2%の物価上昇目標を2年で達成するとして、大規模な金融緩和を導入した。金融緩和を通じた円安や株高は大企業や富裕層に恩恵をもたらしたが、多くの国民に豊かさは行き渡らなかった。デフレ克服の物価目標を達成できず、21年の実質賃金指数(15年=100)は98.6と低下している。

 家計は値上げを許容しているとした今回の発言は、自身の掲げた2%の物価目標の正当化に拘泥し、一般国民の視点が欠け落ちている。日銀の金融緩和政策の継続が円安による物価高を促し、国民生活を圧迫する一因となっていることにも無自覚だ。

 現在の物価上昇は、日銀が企図したものではない。コロナ禍やウクライナ情勢、原油高騰、急速な円安といった外部要因によるエネルギー価格、輸入原材料価格の上昇が要因だ。国内企業はコスト増に耐えきれず、続々と価格転嫁に踏み切っている。

 食品や光熱費など生活に必要なあらゆる価格が値上がりし、消費者は影響を避けようがない。家計が値上げを「許容」したわけでは全くない。

 コスト増に伴う商品値上げは企業業績にはつながらず、消費者は生活防衛のため財布のひもを締める。個人消費が低迷し、景気悪化の悪循環に陥る。迅速な物価高騰対策こそが求められる。

 黒田氏の総裁在任期間は昨年9月に歴代最長を更新した。黒田氏は物価上昇と賃金上昇との好循環を主張してきたが、9年をかけても目標を果たせなかった。賃上げを伴わない物価高騰がのしかかる中、金融政策のかじ取りをいつまで任せるのか問われる。

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