フェリーに乗って行く週末のプチお出掛け~スタテン島編~

マンハッタン区南端からフェリーに乗ってわずか25分。通勤圏内にもかかわらず、住民以外で訪れる人が少ないスタテン島。しかし意外にも見どころはたくさんある。今号は「近くて遠い」スタテン島の魅力に迫る。(取材・文/加藤麻美)


分離独立運動も起きた

スタテン島ってどんなところ?

先住民レペナ族の居住地だったスタテン島は、17世紀のオランダ人入植時に開拓された。当初はニューヨーク州に12つあった郡の1つであり、1898年にニューヨーク市に統合、1975年にスタテン島区に改称されるまではリッチモンド区と称していた。

2020年の国勢調査によると、人口はニューヨーク市5区の中で最も少ない49万5747人。土地面積は58・5平方マイル(152平方キロメートル)で、ブルックリン区に次いで第3位(1位はクイーンズ区)。

有色人種が多く、多様性に満ちた他の4区とは異なり、白人が人口に占める割合は約60%にも上る。近年はヒスパニックやアジア系住民が増えているが、黒人住民はわずか10%に過ぎない。イタリア系とアイルランド系住民が多く、キリスト教に基づく伝統的な価値観を重んずる保守的傾向が強いとされる。共和党支持者も多く、スタテン島は16、20年の大統領選挙でトランプ元大統領を支持した唯一の区でもある。スタテン島選出のニューヨーク市議会議員3人のうち2人は共和党員で、現区長のビト・フォッセラはニューヨーク市内で唯一の共和党出身の区長だ。

ちなみに、他の4区と比べてぜい弱な公共交通機関、高い税金、民主党主導のリベラルなニューヨーク市政、人口が少ないスタテン島に合致しない法律、フレッシュキルズのゴミ処理場に捨てられる大量の市のごみなどを理由に、「忘れられた区」と不満を募らせた島民によって1990年代半ばには市からの分離独立運動が勃発。住民投票では島民の65%が支持したにもかかわらず、ニューヨーク州議会によって投票が阻止された。

スタテン島寄りの政策を掲げて当選したジュリアーニ元市長の下でゴミ処理場は閉鎖され、フェリーも無料になるなど島民の要求は一部実現し先述の運動は沈静化したが、デブラシオ前市長下で再燃。その後、スタテン島選出のジョセフ・ボレリ市議会副議長は19年、分離独立の実現可能性を調査・報告するタスクフォースを設置する法案を市議会に提出したが失敗した。「ニューヨークポスト」によると同副議長は今年5月、同法案を再提出したという。

アウトレットとアマゾン
成長著しい地元経済

米経済分析局が19年に発表したデータによると、17~18年のスタテン島のGDP(国内総生産)は134億6000万ドルから145億ドルと7・8%急増、ニューヨーク州内62郡の中で伸び率1位に躍進している。GDPは他の4区と比べ圧倒的に小規模だが、近年の経済的活況からスタテン島がもはや「忘れられた区」ではないことがうかがえる。

躍進をけん引しているのは、島北岸のウォーターフロントに代表される再開発や、ガルフアベニューに17年にオープンしたアマゾンのフルフィルメントセンターだ。最大の成長源とされる不動産開発は、アマゾンでの4000人をはじめ、商業、倉庫、金融、建設の分野で新たな雇用を産出しており、将来的にもスタテン島のさらなる経済成長が見込まれている。

ニューヨーク市交通局運営のスタテン島フェリーは24時間無料で運航。船内からはマンハッタン区の摩天楼や自由の女神、ガバナーズ島、エリス島を眺められる。往復はできないので、復路は一度下船してから乗船しよう

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スナグハーバー文化センター&植物園
Snug Harbor Cultural Center & Botanical Garden

83エーカーの敷地内には特色のある14の庭園と博物館、現代美術センター、ニューヨーク市で2番目に古いコンサートホールなど見どころがいっぱい。船乗りの老人ホームとして1833年に設立。最盛期には農場、発電所、病院、娯楽施設、墓地などコミュニティーに必要な施設を全てそろえた「高級シニアセンター」として知られた。1950年代にその役割を終え、75年に非営利の文化センターとして生まれ変わった。敷地内のギリシャ復興様式の5つの建物と礼拝堂は、ニューヨーク市初のランドマーク建築であり、国の歴史登録財にも指定されている。

池では鯉が泳いでいる(庭園の入場料は4ドル)

ぜひ足を運んでほしいのは15世紀・明王朝の様式で、本場蘇州(そしゅう)産の屋根や瓦、柱、はり、石を使って造られた「中国学者の庭園」。竹林に囲まれた風情ある佇まいは、ニューヨークの「隠れた宝石」として名高い。

引退後の船乗りの寮を再利用したスタテン島博物館

1000 Richmond Terrace, Staten Island, NY 10301
➡フェリー乗り場からバスで約14分、自転車で約11分。 snug-harbor.org


国立灯台博物館

National Lighthouse Museum

灯台の模型をはじめ霧笛(むてき)、照明器具、光学機器など関連品を集めた博物館。米国灯台局第3地区(南はサンディーフック、北はオールバニ、東はマサチューセッツ州境まで)の製造、保管、供給、修理の中心地だった旧スタテン島灯台基地のビル群の中にある。GPSなどの最新技術の登場で失われつつある米国の灯台の歴史と技術を保存しようと、2015年にオープンした。

灯台のレプリカには細部まで作り込まれた模型がずらりと並ぶ

圧巻は米国と世界各地の灯台の模型160個。世界最古のエジプトの灯台や自由の女神像のモデルとなったギリシャの灯台、日本の観音埼灯台もある。灯台守の献身を讃える展示や、マサチューセッツ州ナンタケット島からニューヨーク、ニュージャージー沿岸に点在する灯台を航海図上で紹介した展示など常設展は7つ。近隣の灯台や港沿いの見どころを巡るボートツアーも実施している(有料)。

入場料は大人7ドル、12歳未満は無料

200 The Promenade at Lighthouse Point, Staten Island, NY 10301
➡フェリー乗り場から自転車で約3分、徒歩で約7分。 lighthousemuseum.org


ワズワース要塞 Fort Wadsworth

ベラザノナローズ橋のたもと、226エーカーの広大な敷地に広がる米国で最も古い要塞(ようさい)。独立戦争(1775~83年)下にニューヨーク市を占領した英国軍が1776年に建造。同戦争後は市の主要な要塞として米軍の管轄下になり、基地の閉鎖・再編に伴い海軍が撤退した1995年にゲートウェー国立保養地となった。現在も一部が沿岸警備隊や陸軍予備軍、公園警察の所有となっている。

バッテリーウィード。右に見えるのはベラザノ橋

まずは見晴らし台からアッパーベイ、ブルックリン、マンハッタンのパノラマビューを楽しもう。目の前に横たわる4層構造の要塞、バッテリーウィードは南北戦争中に完成した。最大116の砲弾を対岸に飛ばせたという要塞はまさに「夏草や兵どもが夢の跡」といった雰囲気だ。ちなみに夏の間は1泊2日のキャンプサイトとしても開放しており、ユニークな体験ができる(要予約)。

ベラザノ橋の真下では釣りをする人も

210 New York Ave., Staten Island, NY 10305
➡フェリー乗り場からバスで約20分、自転車で約20分。
nps.gov/gate/learn/historyculture/fort-wadsworth.htm


スタテン島9.11慰霊碑「ポストカーズ」

Staten Island September 11 Memorial

ウォーターフロントの遊歩道沿いにある、9.11同時多発テロで犠牲となったスタテン島住民267人を追悼する慰霊碑。空に向かって伸びる一対の翼のようなモニュメントは建築家・曽野(その)正之さんが設計した。

ニューヨーク湾を隔てて正面にワン・ワールド・トレード・センターが見える

「死者と遺された者たちをつなぐ手紙」をコンセプトに、折り畳まれた2枚の葉書をそれぞれ267倍に拡大し、愛する人たちとの個人的なコミュニケーションを表現した静かで温かみにあふれた慰霊碑だ。

壁面には犠牲者の横顔のシルエット、名前、誕生日、役職が刻まれた9インチx11インチの花こう岩のプレートが埋め込まれてあり、横顔は全て、ニューヨーク港を隔てたWTC跡地に向いている。2014年からはツインタワー倒壊後の救助や復興活動に従事し、がれきが発する有毒物質に被曝し亡くなったファーストレスポンダーたちの慰霊碑も併設。

テロ3回忌となる2004年9月11日に奉納され、以降、毎年欠かさず記念式典が行われている

St. George Esplanade, Staten Island, NY 10301
➡フェリー乗り場から自転車で約3分、徒歩で約7分。 nycgo.com

各国出身のおばあちゃんが腕を振るう

エノテカマリア

ミシュランや英国放送協会BBCなど世界中のメディアが注目。スタテン島探索の仕上げは、本格的イタリアンと各国料理が味わえるこの店で!


厨房を仕切るのはプロの料理人ではなく、市内5区からやって来る50歳以上のノンナ(イタリア語でおばあちゃんの意味)たち。「酸いも甘いも噛み分けた」人生の達人が腕を振るう各国の家庭料理が味わえるレストラン、それが「エノテカマリア」だ。

埼玉県出身の小松平ゆみさんのキュウリとわかめのサラダ(18ドル)。小松平さんが作るズッキーニの田楽やギョーザは「売り切れ御免」の人気メニューだ

イタリア系移民が多く住んでいたブルックリン区バスビーチ出身のジョー・スカラベッラさんが、祖母や母親など家族を相次いで亡くした喪失感から立ち上がろうと2007年に創業。両親が共働きだったため、祖母ドミニカさんに育てられたというジョーさんが「ノンナの味」をメニューに据えたのは必然だったが、料理人を雇わずにノンナに任せ、正真正銘のノンナの味を再現したのは、慧(けい)眼たるところ。

下の写真は、地中海沿岸のエジプト・アレキサンドリア出身のサハールさん(写真上)によるタジンスッペ(30ドル)。トマトスープで煮込だイカをライスにかけていただく

「イタリア各家庭に代々伝わる味を気軽に楽しめる」として店は大繁盛。メディアの取材は引きも切らず、スタテン島いちの人気店となった。

7年前にはコンセプトをさらに進化させ、世界各国にルーツを持つノンナによるプロジェクト「ノンナズ・オブ・ザ・ワールド」を開始した。日本、韓国、ペルー、インド、アルゼンチン、フランス、バングラデシュ、ベネズエラ、ポーランド、ギリシャ、トルコ、ドミニカ共和国、チェコ、ベラルーシ、パキスタン、エジプトなど、これまで100人以上のノンナがジョーさんの店でお国料理を振る舞ってきた。

イタリア庶民の料理、カプッツェル(ヒツジの頭のオーブン焼き、36ドル)。下の写真は、「わざわざブロンクスとブルックリンからこれを食べに来た」という4人組だ

中には、ルイジアナ州からコンテナいっぱいのクロウフィッシュ(ザリガニ)を持ってやって来たノンナもいて、「ノンナの輪」は州外にも拡大中だ。

写真左から「政治やパンデミックで分断した人たちを、食を通じてつなげていきたい」と話すジョーさん、サハールさん、マネージャーのパウラさん、小松平さん

Enoteca Maria
27 Hyatt St., Staten Island, NY 10301
➡︎フェリー乗り場から自転車で3分、徒歩で7分。セントジョージ劇場の隣。支払いはキャッシュのみ。
営業時間: 金〜日曜、午後1時〜8時30分
TEL: 718-447-2777
enotecamaria.com


スタテン島のトリビア

魅力いっぱいのスタテン島。歴史を知れば、島の探索がもっと楽しくなる!

◉ 先住民が島をオランダ人に売却したのは1657年。シャツ10枚、ストッキング30足、銃10丁、弾丸用の鉛30本、火薬30ポンド、コート12着、ダッフルコート用のボタン2枚、やかん30個、手おの30丁、鍬20丁などと交換された。
◉ 1776~83年までの7年間、イギリスが島を占領していた。
◉ 2001年に閉鎖されたフレッシュキルズは、世界最大のゴミ処理場だった。
◉ ベラザノ橋の鋼鉄ケーブルは季節によって収縮と拡張する。2階建ての車道は冬より夏の方が12フィート低くなる。
◉ サウスビーチの沖合には2つの人工の島(ホフマン島とスインバーン島)がある。
◉ 西部開拓史時代のガンマン、「バッファロービル」ことウィリアム・フレデリック・コーディーと「アニーよ銃をとれ」のモデルとなったアニー・オークリーも島に住んでいた。
◉ エリザベス女王は1957年10月21日、夫の故フィリップ殿下と共にステープルトンからセントジョージまでパレードした。
◉ 1972年公開の映画「ゴッドファーザー」でアル・パチーノ演じるマイケル・コルレオーネが住んでいたのは、トッドヒル地区にあるチューダー様式の邸宅。2019年に137万ドルで売りに出された。

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