「DX×サステナビリティ×らしさ」でつかむ、時代が求める企業競争力

茂呂氏、加藤氏、大我氏

ビジネスを取り巻く環境が激しく変化する時代にあって、デジタル技術を駆使して顧客や社会のニーズを探り、製品やサービスに落とし込んでいくことが求められている。企業にとってDXは、パーパスに基づいて新たな価値を創造するための強力な手段であり、そこに独自色が加わることで圧倒的な競争力につながる可能性を秘めているといえるだろう。サステナブル・ブランド国際会議2022横浜では、この「DX×サステナビリティ×らしさ」をテーマにセッションが行われ、グローバル企業の先進事例を通して、取引先や顧客から選ばれ続ける企業の在り方を考えた。(廣末智子)

ファシリテーター:
細田悦弘・中央大学大学院 戦略経営研究科 フェロー、日本能率協会 主任講師
パネリスト:
大我猛・SAPジャパン 常務執行役員 チーフ・トランスフォーメーション・オフィサー
加藤順也・Avery Dennison Smartrac Japan マネージングディレクター
茂呂正樹・EY 気候変動・サステナビリティサービス (CCaSS) アソシエートパートナー

モノの来歴をデジタルで表現、信用の担保にーーエイブリィ・デニソン

米国を拠点に54カ国に展開するAvery Dennison(エイブリィ・デニソン)は、1935年に世界で初めてシールを開発した老舗企業だ。アパレル製品のタグやサッカー選手が身に付ける背番号などの多くは同社製であり、事業のコアには「モノにアイデンティティを与える」というコンセプトがある。約30年前からは非接触で商品情報を読み取る無線ICタグ(RFID)によるソリューションを提供してきた。

ポイントは価格やブランド以外で消費者の判断基準となるようなモノの価値をどう可視化するか。昨年立ち上げたクラウド型のプロダクトプラットフォームでは、IDにまつわる情報を蓄積・共有し、製造販売からリサイクルに至るモノの来歴をデジタル上で表現している。どんな原材料が使われ、どんなサプライヤーから仕入れられたモノなのかといったトレーサビリティーはもとより、在庫やCO2の排出量まで管理することで、企業はボトルネックとなる課題をつかめると同時に、消費者の信用を得ることができる。

DXによって日々進歩するサステナビリティを可視化する動き。加藤順也氏によると、プラットフォームには既にアパレルのグローバルトップ6社や米国のファストフードチェーン4社などが参画し、「登録済みのIDは160億点以上、毎秒あたり約300個の新アイテムが追加されるという規模」で運用がなされているという。

グローバルな規制にどう対応し、ビジネスプロセスに埋め込むかーーSAP

一方、サステナビリティのゴールに向けて、CO2排出ゼロとごみゼロ、不平等ゼロの「3つのゼロを追求するアプローチをとっている」のは、ドイツを本拠とし、世界のGDP総計の約77%に何らかの形でそのシステムが関与しているとされる世界最大級のソフトウェア企業、SAPだ。

ソリューションの開発においてサステナビリティを可視化する動きはエイブリィ・デニソンと同様だが、SAPではその第一段階としてグローバルのコンプライアンスや規制にどう対応し、それをどうビジネスプロセスに埋め込んでいくのかを重視している。

例えばTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に基づくカーボンフットプリントの開示を例にとった場合、「多くの企業が今まで把握していなかった数字を捉えることに追われ、開示への対応自体が目的化してしまっているのが現状ではないか」と大我猛氏は指摘。そうした観点から、同社ではスコープ1、2、3を含めたビジネスプロセス全体におけるCO2排出量の可視化に注力するなど、バリューチェーンをつなぐことにこだわる。

中でも先行事例として大我氏は、EVへのシフトが進む欧州の自動車産業で、鉱山で採掘されたコバルトがバッテリーに精製され、消費者の手にわたってそれがまたリユース市場に回るまでのデータを標準化し、流れを構築する取り組みが進んでいることを紹介。その意味するところについて、「コバルト採掘の現場で児童労働が起きていないかといった人権の問題や、資源の再利用がどれだけ進んでいるのかといったところまで可視化する挑戦だ」と強調した。

顧客の長期的価値を支援 環境や人権に関する専門性が高評価にーーEY

2社の事例の背景にある企業経営の変化について、EYの茂呂正樹氏は、世界経済が従来の株主資本主義から「ステークホルダー資本主義」へと移行する中、「顧客価値や人材価値、社会的価値や財務的価値など、それぞれの価値を生み出す要因を明確に測定し、伝えることが企業のESG戦略の最優先事項となっている」と説明。

TCFDの開示支援や温室効果ガス排出量の算出支援もそのためのフレームワークの一つであり、今後はTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の開示が視野に入ってくることで、「カーボンだけを見ていれば良かった時代から、水も資源も見なくてはいけないという時代になり、ますますトレーサビリティーを確保するためのツールが必要になってくる」という。

EYではSAPのようなソリューションベンダーと組みながら、クライアントの長期的価値の創出を、「戦略の再構築」と「変革の実行と加速」、「インパクトの測定と伝達」の3分野から支援してきた。その実践を通して環境や人権などに関する知見とノウハウが発揮され、同社はコンサルティング会社に対する最新のグローバル調査で、サステナビリティの文脈におけるリーダーとしての評価を獲得した。そこから読み取れるのは、EY自身が、自社ならではの組織力や専門性といった強みを生かし、「顧客から選ばれ続ける企業」であることを体現しているということだ。

進化する「われわれらしさを目指した取り組み」

SAPジャパンでは「不平等ゼロ」に向けてひとり親家庭などの経済的な自立を支援するため、デジタルプラットフォームを活用した、人への投資の仕組みづくりを進めている。グローバルなネットワークの中で日本の社員が手を挙げて行動を開始したもので、大我氏いわく、「われわれらしさを目指した取り組み」だ。

一方、「モノにアイデンティティを与える企業」としての歴史を持つエイブリィ・デニソンはいま、グローバルなDXを通じて「IDに魂を吹き込む」ことに注力している。DXにその企業らしさが加わることで、新しい価値が生まれ続けている。

ファシリテーターを務めた細田悦弘氏は、「社会課題の解決に向けDXを活用し、そこに自社ならではの戦略を掛け合わすことができれば、パーパスや企業理念を飛躍的に実現することもできる。どの業界でも既存領域のビジネスは価格競争などが激しい中で、自社が優位に立つための源泉となる図式が“DX×サステナビリティ×らしさ”であり、選ばれ続ける企業になるためにぜひこれを実践してほしい」と提言し、セッションを終えた。

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