美大で版画を専攻した片桐仁と行く、奇想天外&自由奔放な瑛九ワールド!

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週土曜日 11:30~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が、美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。3月19日(土)の放送では、「三鷹市美術ギャラリー」で自由奔放な瑛九の版画を堪能しました。

◆昭和の奇才、瑛九の奇想天外な版画の世界へ

今回の舞台は、東京都・三鷹市にある三鷹市美術ギャラリー。ここは市が運営するギャラリーで、優れた美術作品の展示や市民の美術作品発表の場として1993年に開館。三鷹市ゆかりの作家の作品を中心に、約1,000点を収蔵しています。

片桐はそこで今冬開催されていた「三鷹市美術ギャラリー 収蔵作品展Ⅱ」へ。これは、同ギャラリーの収蔵作品を5年間かけて作家の50音順に展示する企画で、今回は「え」にあたる「瑛九」の作品112点を展示。

また、この展覧会では会場内に作品を紹介するキャプションは一切なし。あえて解説せず、見る人の自由な発想で楽しんでもらう趣向となっています。

瑛九は、油絵、写真、版画など多彩なジャンルの作品を生み出した昭和の芸術家で、現代美術の先駆者として幅広い抽象表現を展開。今回展示されているのは、全て版画。多摩美術大学で版画を専攻していた片桐が、瑛九の奇想天外な版画の世界に飛び込みます。

◆片桐が瑛九の作品タイトル当てに挑戦!

学芸員・青柳利枝さんの案内のもと、まず片桐の目に留まったのは銅版画「モビール」(1983年)。「額装もされてなければガラスにも入っていない。できてそのまま置いたような形の展示ですけど」と一味違う展示方法に驚きつつ、その作品についても「モビールと言われるとそう見えるけど、魚がいるから海の中かなと思うけど、この線とかによって領域が変わっていく感じがいいですね」と興味を示します。

これは銅版画の代名詞的技法「エッチング」で制作。そもそも銅版画は木版画などの「凸版」と違い、「凹版」という凹んだ部分にインクを入れて作ります。

エッチングの技法について、片桐は「表面にグランドと言われる膜を塗り、その膜をニードルで剥がしていき、剥がれた部分だけを凹ませるために硝酸に浸け、そこが溶けて凹む、そこに絵の具を詰めて拭き取ったもの」と解説。

銅版画のほとんどはエッチングで作られているそうで、本作を前に「銅版画って凝れば凝るほどリアルになったり、濃くなっていったりするんですけど、そういうものから解き放たれた自由さがありますよね」と唸る片桐。なお、これは瑛九の版画集に収められた作品で、彼が原盤を作ったものの、本人が摺ったものではないそうです。

続いては「シーソー」(1983年)。片桐は「これは技法が違いますね」と鋭い指摘を飛ばします。

これは「アクアチント」という技法を採用。アクアチントとは松ヤニを銅の上に散らし、熱で固定させてから腐食させることでグラデーションの表現が可能に。エッチングのはっきりした線とは対照的に、面を作ることができ、グラデーション表現が可能になることが特徴です。

片桐は、「シーソーか、シーソーじゃないかがわかるかどうかで、見方が変わると思いません?」と語り、どこまで瑛九に寄り添えるのか、今回はキャプションもついていないため、片桐は瑛九の作品タイトルを予想していくことに。

まずは、アクアチントとエッチングを掛け合わせた作品を「晩餐」と推測するも、正解は「朝食」(1983年)。

これに片桐は「朝食ですか!? こんなに夜の雰囲気が出ているのに」と驚嘆しつつ、「夜の街を小さい人が歩いていて、かたや隣の家ではシャワーを浴びているみたいな……猫の目がピカッと光っていて、このアクアチントのボワっとした感じが夜の喧騒というかね」と言い訳めいた言葉も。

ちなみに、油絵を描いていた瑛九が版画を始めたのは40歳手前。きっかけはプレス機を手に入れたことで、そこから独学で版画を始めました。彼は下絵を描くことなく即興で版画を制作。その逸話を聞いた片桐は「いきなり本番というのはすごい。憧れるわ~。(版画は)思った通りにならないんですよ」と羨望の眼差しを向けます。

◆多彩すぎる瑛九の世界に、片桐も驚きの連続

「これまたワイルドな絵に」と見入っていた作品に対し、片桐が付けたタイトルは「接吻」。しかし、正解は「労働者」(1983年)。

片桐は「どこがだよ(笑)」とツッコミを入れつつ、「別にいいんです、理解しようとしなくて。タイトルは書いてないですから。私は"恋人たち”だと思った、それでいいんです」と自己弁護を始めます。

全く予想が当たらず連戦連敗の片桐ですが、次は「楽器が見えるので……『セイレーン』」と予想するも、正解は「空とぶヴアイオリン」(1956年)。

ただ、これはもともと「人魚」というタイトルが付けられていたと言われ、後に「空とぶヴアイオリン」に。これは瑛九の奥様が名付けたそうで、瑛九の作品を版画集にまとめる際、タイトルがわからなかったものは奥様が改めて命名したそうです。なお、この「空とぶヴアイオリン」は他の作品とは異なり額装されているのですが、その理由は、瑛九が実際に摺ったものだから。

さまざまな捉え方ができる瑛九の作品ですが、彼はフォービスムやシュルレアリスム、キュビスムなど、海外のさまざまな自由な作風からの影響を受けていたそうで、「空とぶヴアイオリン」に関しては「ピカソは大きいと思う」と片桐は推察。

「洋画の色や面とかで作っていく描き方じゃなく、線で、しかも省略されていくことで見え方が変わるのかなと思いますね。あとは白黒というのも大きい」と分析します。一方で、学芸員の青柳さんは「岡本太郎」の影響を示唆。2人して想像を巡らせます。

その後も片桐は「楽しげですからね……『行進』」と予想するも、その作品は「四人」(1957年)で、「確かに四人だけど(笑)」と苦笑い。

なお、本作には「リトグラフ」という技法が使われており、これは筆触がよく残る技法で「掘ったり、浸けたりもせず、薬品を何度か重ねることによって油性にだけ反応し、ローラーでグルグルとやると、その絵を描いたところだけにインクが乗る」と片桐は解説します。

そして、同じくリトグラフの技法が用いられた作品を前に、片桐が「シンプルに『空』」と名付けたのは、「飛ぶ」(1957年)。

青柳さんが思わず「惜しい!」と反応すると、片桐は「空の感じはありますよね!」と喜びつつ、その抽象的な作風に「アクションペインティングな感じというか、版画でそれをやろうなんて全く思わなかったですけど、版画の可能性みたいなのをいろいろ実験している感じがしますね」と思いを馳せます。

さらに、「描き込んでいますね~!」と感心していた作品に「これは『悪夢』。いや、もっとシンプルに『手』」と推測するも、正解は「指」(1957年)。

「おどろおどろしいけど、絵としてちゃんと描いていますよね。意図して」と見惚れつつ、「版なので、手描きのものに比べると動きが出づらいんだけど、サッと描いたスピード感というか、それがこの絵の動きを表していますよね。このまとめ上げる技術はさすが」と瑛九のスキルに感動しきり。

◆瑛九の作品タイトル当て、片桐の結果は…

まだまだ続く、タイトル当てクイズ。続いて、片桐が「双子」と予想した作品は「牛」(1983年)。ただ、これも瑛九の奥様が名付けた可能性もあるそうで「瑛九だったら『双子』でしょうね(笑)」と負け惜しみが。

そして、「これはシンプルに『女』!」と息巻いた作品は、「春」(1983年)。

当時、瑛九は結婚し、温かみのある作品が多く残っており、次もその流れを汲む作品で、片桐が「我が家」とするも、正解は「妻とおんどり」(1983年)。

そこには、奥様とともに2人の新居で飼われていたという犬や猫、おんどりが描かれており、片桐は「本画を描く前、さらに前の段階のものを版にしちゃっている感じでいいですよね。あまり頭の中で固まっていない状態で描かれたものっていいですよね」と頬を緩ませます。そして、「手描きがそのまま版にのると難しいんですよ。やっぱりいっぱい摺るから清書みたいなものがあるんですけど、そういうことを考えていた自分がバカバカしくなるぐらい自由ですよね」と改めて瑛九のすごさに脱帽。

ここで片桐は、最初のほうに見た「シーソー」に似た作品を発見。そこで「これは『シーソー』? 『シーソー2』ですか?」と勘繰るも、正解は「三人」(1983年)。

とにかくユニークな瑛九の世界を堪能した片桐は「ひとつひとつの小さい作品の中に広がっていく世界観は面白かったですね。あとは即興性、絵を描く原動力みたいなものが面白い」感心しつつ、「あとは、とにかくタイトルが全然当てられなかった……」と悔やみます。

「それも含めて面白かったですね!」と笑顔をのぞかせ、「版画を楽しみ、独自の世界を生み出した瑛九さん、そして、その作品を自由に楽しめる三鷹市美術ギャラリー、素晴らしい!」と称賛。見る者を楽しませる自由な作品を残した瑛九に拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールは、「海辺の朝」

三鷹市美術ギャラリーの展示作品のなかで、今回のストーリーに入らなかったものからぜひ見てもらいたい作品を紹介する「今日のアンコール」。片桐が選んだのは「海辺の朝」(1983年)。

これまた「どこがやねん!」と嘆きつつも「髪の毛の先に海の世界があって、決して清々しい感じではないですよね」と作品の世界観に浸る片桐。さらには「女性の足の間に街が広がっていて、女性も過去の遍歴のごとく、いろいろな描き方をされていていいんですよね」とも。「絵自体は小さいんですけど、その中に広がる世界、今見えているものはこれなのかなって思いますね」と作品に見入っていました。

※開館状況は、三鷹市美術ギャラリーの公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週金曜 21:25~21:54、毎週日曜 12:00~12:25<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

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