「AV新法」対立を追う 当事者不在の議論、負の烙印に危機感 厳格な自主規制ルールも

セックスワーカーへの差別に対する抗議で掲げられたプラカード=JR新宿駅東口駅前広場

 成人年齢の引き下げを機に提出された「AV(アダルトビデオ)出演被害防止・救済法(AV新法)案」を巡り、対立の議論が白熱している。AVを含めた性産業そのものを「性搾取・性暴力」とし、より強い規制を求める声がある一方で、これに対し、性産業で働く当事者たちが差別や偏見への抵抗のために声を上げた。平行線にもみえる議論を追った。

 5月26日、衆議院第一議員会館で、AVに出演する女性がマイクを握った。

 「規制を強めると産業全体の待遇悪化につながり、地下に潜ることは想定しているのか。個人撮影のAV、違法なAVに流れてしまう」

 集会の翌日、現場で働く当事者たちの声が聞かれることのないまま、法案は衆院を通過した。

 働く女性たちの労働環境をよりよいものにしたいと、AV業界や性産業で働く当事者団体が議員を前に初めて集まった。

 彼女たちの懸念は、法案策定において被害者以外の当事者が不在だったことだけでない。政治家やメディア、被害者支援団体から性産業それ自体への「スティグマ」(負の烙印(らくいん))を強化する発信がなされたことで、業界全体の労働環境が悪化することに対する危機感があった。

 AV出演強要被害が大きな社会問題として顕在化したのは2016年。一人の女性を大勢で取り囲んで契約させたり、撮影を拒否すると多額の損害賠償を突きつけたりするといった現場の実態が報じられた。世間の激しい批判の中、大手メーカーやプロダクションらが事業存続のために選んだのが、コンプライアンスを重視するという道だった。

 翌年には、弁護士や法学者で構成する第三者組織「AV人権倫理機構」が設立され、同機構の法務監督の下、厳しい自主規制ルールを守る「適正AV」加盟事業者団体が生まれた。

 同機構による強要被害を生まない仕組みは、出演に当たって意思確認を綿密にとることを求めている。適正AV加盟社に共通の契約書を使用してもらい、顔が一般に知られる「顔ばれ」など、本人に起こりうるリスクを正しく伝えることを要請した。撮影内容の詳細を事前に説明し、やりたくないことを「NG事項」として意思表明してもらうことになった。

 面接は1対1で行い、契約書の写しと録画の提出を求める厳しい内容だ。女優の申請があれば、販売を取り下げる仕組みも設けている。人権侵害が引き起こされないように、事業者にとっては厳格な自主規制ルールだが、業界全体で浸透させようと取り組んでいる。

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