キーマンたちに聞く、失敗から成功に導いた話 第9回 15歳でビジネスデビュー後、25年間で5社を設立した鳴海禎造氏―失敗から「経営とは何たるか」を学んだ

© 株式会社マイナビ

企業の経営層は、過去にどんな苦労を重ね、失敗を繰り返してきたのだろうか。また、過去の経験は、現在の仕事にどのように活かされているのだろう。そこで本シリーズでは、様々な企業の経営層に直接インタビューを敢行。経営の哲学や考え方についても迫っていく。

第9回は、次世代モビリティメーカーを目指すglafit株式会社 代表取締役CEOの鳴海禎造氏に話を聞いた。

経歴、現職に至った経緯

まずは経歴について。鳴海氏は1980年、和歌山県出身。15歳で商売の楽しさを知って以来、およそ25年間で国内外に5つの会社を設立している。15歳で始めたビジネスは、洋服の転売。「小遣いを貯めて東京に行き、流行の服を自分の分の他に1枚多めに買い、転売してお金を稼いでいました。今のようにインターネットで何でも買える時代ではなかったからこその商売ですね。大学生のころには、自作のパソコンを販売して収益を上げていました。ちょうど自作パソコンが流行していた時期だったんです」と振り返る。

関西外国語大学を卒業後も就職はせず、自動車販売店を起業。好きな自動車を買い、和歌山の山道を走っていたこと、経験を重ねてきたビジネス経験から自分で商売をしたいと思ったことが新卒で起業した理由だったという。その後に設立した会社も、大半がモビリティ関連ビジネスを事業領域としており、現在、代表取締役CEOを務めるglafit株式会社もそのうちの一つだ。

glafitについて

glafitは日本を代表する次世代モビリティメーカーを目指し、2017年に和歌山で設立。コーポレートメッセージに「移動を、タノシメ!」と掲げているモビリティ領域のベンチャー企業だ。手掛けているのは新しい電動モビリティ。鳴海氏は「世界中の人々を笑顔にするような電動モビリティを作りたい。企画から設計・開発・製造・販売まで一貫して手掛けています」と語る。

新しいモビリティの多くは、クラウドファンディングで発表。2017年に発表された「ハイブリッドバイク GFR-01」は折りたたみ自転車のような電動バイクだ。発表時の反響について、鳴海氏は次のように振り返る。

「かさばらずに車に積める自転車のような使い勝手の良さがあり、漕がずに楽して進めるバイクというのがコンセプト。ありがたいことに多くの方に受け入れていただき、当時のクラウドファンディングの日本記録を更新する約1.3億円の資金が集まりました。現在はGFR-01をフルリニューアルしたGFR-02を販売しています。このリニューアルには、GFR-01ユーザーの声を反映しました」

2021年7月には、独自に開発したモビリティ・カテゴリー・チェンジャー(モビチェン)機構をGFRに取り付けることで、1台の車両で電動バイクと自転車との切り替えを行うことが公に認められた。切り替えを公に認められたのは、GFRが国内初となる。

「このモビチェンの開発は、国が設けている規制のサンドボックス制度を利用し、足掛け3年をかけて道路交通法の規制緩和を実現しました」と鳴海氏が語るように、glafitは電動モビリティを製造するだけのメーカーではない。電動モビリティを普及させるため、法整備など多面的に取り組んでいる企業なのだ。

最近では、立ち乗り型電動スクーター「X-SCOOTER LOM」をクラウドファンディン上で販売。他にはないミニマルデザインが注目を集め、1.5億円の資金を集めた。なお、こちらは2022年の一般販売を予定している

目先の利益重視の姿勢が会社の危機を増大させた

15歳から商売の世界に足を踏み入れた鳴海氏。大学卒業後も起業しているため、会社員としての社会人経験を経ずに歩んできたことになる。苦労したことについて、鳴海氏は「いわゆるふつうの社会人経験がなかったことが、その後の苦労に繋がった」と語る。

「自分ひとりで仕事をするなら好きなことを好きなようにできます。そのため、当時の私は会社に必要なビジョンや中長期計画を考えることなく、ただ目先の利益を追求してやみくもに取り組んでいたんです」

調子のよい間はそれでよかった。しかし、不調に陥ったとき、中長期計画がない会社は一気に状況が悪化する。鳴海氏の経営する会社はリーマンショックにより多額の負債を抱えたが、中長期計画を示せなかったがために銀行からの融資を十分に受けることができなかった。「貸してくれるところからとりあえず借り、返済に追われることに。いわゆる自転車操業に陥ってしまいました」と苦笑する鳴海氏。このままでは倒産してしまうほどの危機的な状況が続いた。

自動車で未来の人たちに繋げられるビジネスを熟考

会社の危機を経験した鳴海氏は、「経営について学ばなければならない」と一念発起。大久保秀夫塾に入塾し、経営のいろはについて学んだ。塾では、これまでに続けてきた目先の利益を確保するやり方では経営者にはなれないと痛感したという。

「社会貢献を考え、未来の人たちに繋げることを考えなさいと教わりました。まさに頭を殴られたかのような教えで、目が覚める思いでしたね」

そこから、鳴海氏の視点が変わった。自分の好きな自動車で、短期的な利益を追うのではなく、100年企業を目指せるような事業とは何なのか。とことん考え抜いた結果誕生したのが、glafitだ。「100年で実現できればいいと思えたからこそ、『日本を代表する次世代乗り物メーカーになる』というビジョンを掲げた会社を作ることができました」と鳴海氏は語る。

そんなglafitがまず二輪からスタートしたのはなぜなのか。その理由について、鳴海氏は次のように説明する。

「今の大手自動車メーカーには、自転車に原動機を付けて原動機付自転車を作り、そこから二輪、三輪、四輪へと進化させていった歴史があります。しかし、私たちはまだ二輪すら作ったことがない。100年先に目指したい姿を実現させるため、今の私たちにできるのは電動バイクを作ることだと思ったんです」

そうして誕生したのが、先立って紹介したハイブリッドバイクGFR-01だ。

会社としてビジョンを掲げ、社員に共有できるようになったことで、共に歩める仲間にも恵まれるようになったと語る鳴海氏。「自分がやりたいことをやりたいようにやっているだけでは到達できないことがある。今は社員に助けてもらいながら前進できていると思います」

就活生・若手ビジネスパーソンにメッセージを

最後に、就活生・若手ビジネスパーソンに向けてメッセージをもらった。

「何事も、知識だけではなく実体験での失敗をたくさんしてみるといいでしょう。特に20代のころは、失敗したらどうしようと思ってチャンスを逃すくらいなら、積極的にチャレンジしてみるべきです。もちろん、失敗せずに成功体験を積み重ねられるに越したことはありません。しかし、周りに助けら れたり、改善策を見つけられたりと、失敗からしか得られないこともあるものです。そうした経験は、将来責任のあるポジションに就き、大きな決定をするときに効果を生み、大きな成功に繋がるものだと思います」

こう語ってくれたあと、「私自身、今も失敗しながら成長中だと思っています」と締めくくった。