「親ロシア」の中国でプロパガンダに挑むウクライナ人たち ネット発信に“監視リスト”、デモもできず

ウクライナにいる長女一家の写真を見せるリエナさん=4月、北京(共同)

 「ロシアは民間人を攻撃していない」。中国国営メディア記者の知人が言うのを聞き、やるせなさを感じた。ロシアがウクライナへ侵攻し、既に多くの市民の犠牲が世界へ伝えられていた時期だ。外界からの情報は遮断され、政府はロシアの宣伝戦に同調し、反戦デモも不可能な中国。在留ウクライナ人はどう感じているのだろう。探ってみると、「プロパガンダの壁」(香港紙)に挑む人々に出会った。(共同通信=鮎川佳苗)

 ▽監視リスト

 中国企業で働く30代のウクライナ人男性は4月、上司に「当局の『監視リスト』にあなたが入っていると聞いた」と言われ、驚いた。上司は、知人の国家安全省関係者から聞かされたという。男性は侵攻に関するニュースを中国語に訳し、交流サイト(SNS)で発信する活動をしている。
 中国政府はロシアの行為を「侵略」と言明していない。最近「中立」を強調し始めたものの、ロシア寄りの立場だ。戦争の元凶は米国だとの宣伝も強める。「ウクライナ政権はネオナチ」「ロシアの自衛の闘い」と信じる中国人もいる。そうした社会に身を置くリスクを踏まえ、匿名を条件に取材に応じた男性は「私たちの目的は情報を伝えることで、中国への脅威ではないのに」と嘆く。

 ▽「大翻訳運動」?

 「上司の知人は、私と『大翻訳運動』の関係を尋ねたらしいんです」と男性は戸惑いながら明かした。中国当局の国内向け宣伝や、“外”の世界からみると異様だが中国では一定程度広まっている言説を外国語に訳し、ネットで世界へ拡散する動きが大翻訳運動だ。侵攻後に中国で盛り上がっていた「ウクライナの美女を中国に引き取ろう」などの書き込みを翻訳して流したのが始まりとされる。当局はこの動きを強く警戒している。
 男性は「『運動』などしていない。私たちはニュースの翻訳をしているだけで、中国をおとしめる情報も発信していない」という。「事実なら、当局はきちんと“仕事”をして私をリストから外してほしい」。不安は感じたが「翻訳活動はやめない」と力を込めた。

 ▽警察の「訪問」

 「ロシアをどう思うか」「ウクライナの家族の状況は」。外交筋によると侵攻後、中国に暮らす多くのウクライナ人が警察の訪問を受け、問いただされた。恐怖や困惑を感じ、北京のウクライナ大使館に対処法を相談する人が後を絶たない。

北京のポーランド大使館に掲げられた同国とウクライナの国旗マーク(右)=3月

 大使館は実数の把握が難しいとするが、中国には留学や就業で多数のウクライナ人がいる。当局は集会などを警戒、動向を監視しているもようだ。今年3月まで約3年中国に住んでいたウクライナ南部オデッサ出身の映画監督、セルギー・プディチさん(34)は「もし可能なら多くのウクライナ人と在留外国人がデモへ行くはずだ。でも中国では禁じられている」と肩をすくめた。

 侵攻後、北京のポーランド大使館は治外法権の及ぶ館内で平和イベントを開いた。だが、国内で反戦デモや集会があったとの情報はない。「STOP WAR」と書いた紙を街で1人掲げた住民が当局に抑圧される動画などが一時期出回っただけだった。

 ▽米国の操り人形

 「家の敷地にロシア兵が来た」と聞いた後、長女との連絡が途絶えてしまった―。中国人と結婚し北京に住む首都キーウ(キエフ)出身のリエナさん(46)は、3月当時の焦燥を振り返る。長女ヤロスラワさん(29)一家の家はキーウ近郊ブチャにある。3月初旬に連絡が取れなくなり、伝わってくるのは街が破壊されたとの情報。2日後に無事と分かるまで心配でたまらなかった。外出して撃たれた人、屋外の遺体、ロシア兵が路上に引きずり出した日用品―。長女から聞いたブチャの様子は「地獄」だった。

北京のカナダ大使館のメッセージ。「私たちはウクライナを支持している」と書かれている。北大西洋条約機構(NATO)をののしる落書きがされたが、隠されていた=3月(共同)

 「(ブチャの惨状は)本当のことです」。 リエナさんは中国の通信アプリ、微信(ウィーチャット)で、侵攻についてロシア語や中国語で発信してきた。中国では、市民の殺害を「ウクライナ側の演出」とする情報も浸透している。「私たちの土地に来て人々を殺しているロシアを『友人』とは呼べない」と憤るリエナさん。「プロパガンダやフェイクニュースでなく、事実を知ってほしい」と願う。
 リエナさんは「ソ連は大きくて偉大で、中国みたいで良かったのに。なぜウクライナは分離したがるのか」といぶかしむ中国人にも会ったことがある。侵攻直後はとにかく事実を知ってほしいと、今より多く情報を発信していた。
 だが中国の知人にはロシアのプーチン大統領をたたえる人や、ウクライナを「米国の操り人形」と小ばかにする人も。これまで、そうした微信アカウント数十件をそっと「友だちリスト」から外した。

 ▽見えにくい民意

 「私の立場はわが国家と同じ、全力でロシア支持!」「2014年の『カラー革命』(親欧米派によるマイダン革命を指す)後、米かいらい政権によりウクライナはナチ化。東部でロシア系住民が大量虐殺された」―。“外”の世界から断絶された中国のネット空間にはこうした言説が少なくない。世論調査も存在せず民意は見えにくいが、ある中国外交官は6割がロシア、2割がウクライナ支持と推測する。別のメディア関係者は「半数が無関心。残りはロシア、ウクライナが半々」とみる。
 米国人の夫の仕事の関係で北京に住む女性(32)が個人的な感触を話してくれた。東部ルガンスク州の親ロシア派支配地域の出身。「東部で25年暮らしてきたが大虐殺など経験したこともない。(親ロシア派武装勢力が占拠した)2014年までは言論の自由が存在した。ロシアによる占領後にこそ、反対する人々が殺され、強制移住させられた」と指摘する。ただ彼女の周りの中国人はウクライナへの同情を示してくれたという。「プーチンの手法が、かつての日本の中国侵略を思い起こさせた」ためだ。実際、ロシアの侵攻をそう捉える中国人もいる。それでも「反米」が優先され、国内でロシア批判の声は上げにくいのが実情だ。

 ▽傷心

 表だった反戦活動が難しい中で物資の支援に取り組む人もいる。キーウ出身のアンナ・カーリアンさん(34)は微信で寄付を募り、工具や機械をウクライナへ送った。夫はウクライナで知り合った中国人。長年両国を行き来して暮らす。自らの周りにいる友人は多くが一般の中国人よりウクライナに詳しいが、「ほとんどがロシア支持のよう。『(ウクライナは)米国にコントロールされている』と信じている人が多い」。ウクライナ人が「自由と民主主義」を重視していることを知ってほしいが、難しいと感じる。

募金活動をする北京在住ウクライナ人のアンナ・カーリアンさん(本人の微信アカウントから、共同)

 この間、多くの知人が殺された。米CNNテレビはキーウ郊外で民間人2人が背後から銃撃された映像を報じたが、殺された被害者の1人はアンナさんの友人の父だという。
 募金は今後も続けるつもりで、中国企業の賛同も得ようと模索中。友人と、中国語の偽情報をサイトに通報する活動にも取り組んでいる。
 中国語が堪能で、微信で情報発信してきた北京のウクライナ人の30代女性は「私は中国が好きで、幸福な日々を過ごしてきた。だからこそ中国政府の(ロシア寄りの)発言に心が傷ついた」と打ち明けた。最近、同様の活動をしていた知人が「捜し出して殺してやる」とネットで脅された。身の安全に不安を感じつつも「私たちの国に関するフェイクや不正義は見過ごせない」。今も情報発信を続けている。

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