SPECIAL OTHERS『Good morning』の絶妙なアンサンブルこそが音楽の楽しさだ

『Good morning』('06)/SPECIAL OTHERS

6月8日、SPECIAL OTHERS通算8枚目のニューアルバム『Anniversary』リリースされたということで、今週は彼らのデビュー作『Good morning』をピックアップしてみた。先週のSOIL&"PIMP"SESSIONSに続いて、奇しくもこのタイミングでインスト系のバンドの新譜が発表されたのは偶然ではあろうが、短時間で入手できて短時間で聴けるポップミュージックが世界中で好まれる傾向にある中、アンサンブルのおもしろさであったり、不可逆ならでは展開の妙であったりを楽しめる彼らのようなバンドを、改めて多くの人に聴いてほしいと思うのだ。

J-ROCK的構造でも歌中心ではない

先週のSOIL&"PIMP"SESSIONS『PIMPIN'』の回の続きのような話から今週も始めたい。イントロ0秒時代、ギターソロ・スキップ…の件である。最近のヒット曲は、イントロは可能な限り短いほうがいいし、リスナーの中にはギターソロになったらそこを飛ばして聴くという人も多くなってきた…という話だ。もし歌だけでいいということになれば、インストバンドはまったくお呼びでなくなる。本当にそんな傾向が続いたら、フュージョンも、歌のないジャズも、歌のないロックも、こと日本においては絶滅…ということになる。このSPECIAL OTHERSもヴォーカルが入った楽曲があるにはあるけれど、ヴォーカルを置かないバンドであるからして、彼らもまたリスナーから相手にされないことになる。しかも、SOILと違ってSPECIAL OTHERSにはギタリストがいる上、ギターが主旋律を奏でることがほとんどなので、上記のような音楽的嗜好を持った人たちは、このバンドの音楽を一切聴けなくなるわけだ。そう考えると、改めてこの件に対して “んなアホな…”と思うし、とにかくそういう風潮には全力で抵抗しようと思う(ていうか、前回、今回のコラム自体が全力での抵抗なのである)。

ヴォーカルのメロディーラインが好き。歌詞の物語性、メッセージ性がいい。それもポップミュージックの良さではあることは間違いない。だけれども、それだけに止めておくのは実にもったいない。彼らの1stアルバム『Good morning』を聴くと、その想いが強くなるばかりだ。本作収録曲にメロディーがないとは言わないし、何なら先にも述べたように、ヴォーカルもあるし歌詞もあるからして、その旋律、声質、メッセージ性を堪能することも可能であろう。しかしながら、流石にそれらがどうでもいいとか、ないがしろにしろとかは言わないまでも、それらはバンドのアンサンブルをより楽しむためのものではないか。個人的には…と前置きするが、筆者はそんなふうにすら感じる。

アルバム『Good morning』で歌の入った楽曲を例に挙げよう。M2「Good morning」とM5「Around the world」、そしてM10「DOOR OF THE COSMOS」でヴォーカルが聴こえてくる。まずM2。1分20秒頃から歌が入る。前述のイントロ0秒時代を歓迎するリスナーであればそこまで辿り着かないだろうが、それはさておき──その歌は《Close your eyes. Take my hands. Can you fly away with me?》のリフレイン(※註:ここを便宜上“甲”とする)。キャッチーで躍動感があって、いいメロディーではある。そこから《Precious love./Will you keep this dream in your soul?/Oh, my sweet./I dream this special dream./So step from deep inside.》(※註:ここを便宜上“乙”とする)へとつながっていき、再び甲へ戻ってくるという構造だ。乙の箇所はメロディアスな印象で、柔らかな旋律がたおやかに流れていく。そこからエレピの演奏につながっていき、3分20秒頃から再び甲~乙~甲、そして新たなメロディーで《Everybody feeling lonely./Sing along. Join deep in my soul./Everybody feeling lonely./Because you always be to night. Come, fly away right now.》という歌が披露される。そして、また甲が訪れて、最後は荒々しく弾かれるギターでフィナーレを迎えるといった具合だ。

言い忘れたが、先の1分20秒までは、エレピが20秒間、奏でられて、甲までの間をギターがメインの旋律を鳴らしていく。こうして楽曲を分解する行為自体、何とも色っぽくない話であるなとは我ながら思いつつ、それでもM2の構造が余計に露わになって面白くはある。いわゆるJ-POP、J-ROCK的に見ると、甲~乙がサビ、《Everybody feeling lonely.》の箇所はCメロ(大サビ、落ちサビ)と見ることができるし、そこまでのエレキギター、エレクトリックピアノはAメロ、Bメロの役目を担っていると考えることもできる。歌≒ヴォーカルパートは重要だが、好きなくともそれを中心に構成された楽曲でないことがありありと分かるだろう。

ポップでダンサブルな即興演奏

M5はアルペジオで軽快なメロディーを奏でるギターのアンサンブルによって、軽快さに拍車がかかっているようなナンバーだが、ヴォーカルパートが多い。J-POP的と捉える人がいてもおかしくないかもしれない…くらいには思う。サビとも言える《Dance dance dance to the other world.》の箇所は相変わらずキャッチーだし、4分30秒からのCメロと思しきパートもやはりメロウである(※ここの歌詞は聴き取りなので間違っていたらすみません)。しかしながら、これもまた個人的な感想…と前置きするけれど、それらの間にあるギターやキーボードが奏でる旋律もまた印象的なのである。何ならこの楽器パートのほうが流麗と言い切ってしまってもいいし、そちらのほうが聴いていて気持ちがいい。とりわけ4分15秒頃のブレイクから繰り広げられる演奏のテンションはとても素晴らしいと思う。歌が楽器パートを活かしている…という言い方をするとかなり語弊があるだろうが、歌よりも抑揚のあるギターフレーズが多いと思うし、ギターが奏でるメロディーのほうが躍動感に勝っていると思うのは自分だけではあるまい。

M10はSun Ra Arkestraのカバー曲。歌パートである《Love and life interested me so/That I dared to knock at the door of the Cosmos》の合唱(?)から始まるので、如何にもサビ頭といった感じ。しかも、原曲に比べてこのSPECIAL OTHERS版はその歌の箇所も多い。原曲の歌パートは頭の部分と後半のアウトロ近くに集中しており、ほとんどはトランペットやエレキギター、エレクトリックピアノの演奏で、それが延々と続く。いずれの演奏もおそらく即興であろう。タイムも9分程度もある。一方のM10は…と言えば、《Love and life~》の箇所が原曲以上にある。イメージとしては(あくまでイメージだが…)、歌パートと演奏パートが交互に現れる…くらい感じではある。歌以外の箇所では、ギターとエレピが主旋律を担っており、ユニゾンの箇所も大分あるので完全に即興演奏ではなかろうが、こちらもまたフリーキーな印象が強い。ただ、M10は尺が6分弱ということもあってか、アドリブが延々と続く感じは薄い。《Love and life~》の箇所をループさせて、そこにギターとキーボードでの演奏を乗せたような印象で、ファンクに近いように思う。実際、ダンサブルだし、ポップだ。そこがこのバンドのポイントではあろう。この「DOOR OF THE COSMOS」の原曲との比較にSPECIAL OTHERSのスタンスを見出すこともできるのではなかろうか。

他にはない濃厚な音楽体験

どこまでご理解いただけたか甚だ不安ではあるが、少なくとも『Good morning』収録の歌があるナンバーにおいて、楽器のパートは歌の添え物などではないことは分かってもらいたいと思う。歌は楽曲の中心というわけではなく、あくまでも楽曲の要素のひとつ。ヴォーカルが奏でるメロディーもギターやキーボードが奏でるメロディーと並列、あるいはその存在感はベース、ドラムが刻むリズムと同じものと捉えることができよう。翻って、歌の入っていない楽曲を聴けば、メンバー4人それぞれの個性を折り重ねることで楽曲を作り上げているのがSPECIAL OTHERSであることが、より深く理解できるのではないかと思う。

アルバムのオープニングであるM1「AIMS」、その開始15秒程度で、4人の個性的なプレイのアンサンブルが確認できる。キーボードから始まり、この楽曲のテーマとも言うべきメロディーをリフレイン。楽曲の背骨を成すような旋律である。続いて、そこにドラムが入るのだが、これがいわゆるドラムロール。何かが始まる予感を促すに十分なリズムである。そして、ギターとベースが加わる。ギターは軽快。キーボードのリフレインも跳ねるようだが、それを上回るかのようなポップなフレーズが流れていく。ベースは案外、生真面目というか、比較的淡々と弾かれているようだが、40秒辺りでギターレスになると、その存在が楽曲の屋台骨をしっかりと支えていることが分かると思う。そういうフレーズだ。そして、1分50秒頃に再び4つの音が密集したセクションへ戻る。2分にも満たないタイムで、ほぼ4つ音で構成されているというのに、そこにはすでに濃厚な音楽体験がある。「AIMS」はご存知の通り“目的”という意味だが、そのタイトルからも彼らの志を深読みできそうだ。ちなみにこの楽曲は1stシングルにもなっているので、それなりに自身のスタンスを表明したものではあったのだろう。

M3「Circle」もまた、このバンドの肝とも言えるアンサンブルの妙を確認できる。アルバム収録曲中最長のタイム。比較的ゆっくりとしたテンポで始まるものの、長尺だからといって淡々と進むわけでもなく、展開も単純ではない。コードと“幾小節やるか”といった進行を決めておいて、あとはそれぞれが好きに演奏するといったスタイルで演奏しているように思える(※間違っているかもしれないのでここも先に謝っておきます)。ジャムバンドらしいと言えばジャムバンドらしい印象である。6分半過ぎからは各パートの音符の数が増え、それが密集していく。転調したようでもある。少なくとも初見では、どこに流れていくのか分からないような緊張感があって、9分超えも体感では長く感じられない。いい意味で刺激的なのだ。

M4「Yagi & Ryota」はM3以上にジャムっぽい雰囲気。高音部でリフレインされるベースとギターのアンサンブルにドラムが重なった楽曲で、とりわけドラミングがジャズっぽい。キーボードが入っておらず、2分19秒とM3とは対極的に短いナンバーだが、こういうこともやれるというところに彼らの懐の深さが感じられる。

M6「Session」もタイトルから推測するにジャム≒即興演奏なのであろう。前半は、リズミカルなパーカッションがラテンっぽい空気感を出しつつも、コードはそれほど明るくなく、どこか不穏な雰囲気。それが中盤以降、ギターが奏でる音符が増えていくに伴って少しずつ陽気に転じていくのがおもしろい。あまり他では聴いたことがない、何とも形容し難いタイプだ。ただ、いずれも主旋律を追うだけが音楽の聴き方ではないことを体現しているかのようである。

M7「KOYA」は音そのものが本作の他の収録曲とはまったく異なる。多分、いわゆるスタジオ録音ではない手法をとっているのだろう。そればかりか、ガムランみたいな打楽器の音も聴こえてくるし、ホースを回したような音も聴こえてくる。ギター、ベース、ドラム、キーボードでのアンサンブルに飽き足らず(?)、それ以外の楽器を持ってきた…そんな感じだ。実験的ではあるが、どこか楽し気な雰囲気は音源にも宿っているようである。

M8「COMBOY」とM9「KHN」は共にロック色が強めで、いずれもファンキーでリズミカルな印象。M8は和風のメロディーでどこかお祭り囃子や民謡の風味も感じられながらも、決していなたくないという、これもまた他であまり聴いたことがない感じで、楽しく聴くことができる。M9はギターの旋律が流れるようであって、古いロックファンも十二分に聴けるように思う。また、アンサンブルも素直…という言い方でいいかどうか分からないが、キーボードもリズム隊も変に個性的なフレーズを弾いてないようであって、SPECIAL OTHERSは決して突飛なことを標榜しているバンドではないことも分かるように思う。即興演奏を含めて、いろんなことをやっているバンドであるけれども、いろんなことだけをやるバンドではないのである。そんなことも伺える『Good morning』である。

TEXT:帆苅智之

アルバム『Good morning』

2006年発表作品

<収録曲>
1.AIMS
2.Good morning
3.Circle
4.Yagi & Ryota
5.Around the world
6.Session
7.KOYA
8.COMBOY
9.KHN
10.DOOR OF THE COSMOS

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