<特別連載>ミャンマーのロヒンギャ問題とは何か? (17) 「ロヒンギャ」という名称の誤解  宇田有三

ロヒンギャ・ムスリムの暮らす難民キャンプに通じる一本道。(ラカイン州にて撮影:宇田有三)

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Q.「ロヒンギャ」について、ミャンマーやバングラデシュなど、それぞれの立場によっていろいろな解釈があるのですね。
A.誰が、どのような立場で「ロヒンギャ問題」を説明するかによって、誤解が生まれてしまいます。
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Q. 例えばどのような誤解ですか?
A.例えば「ロヒンギャ」という言葉です。
「ロヒンギャ」というのは英語読み、ミャンマー語では「ロヒンジャ」という通説があります。この「ギャ」とか「ジャ」というのは「人」という意味なんです。

Q.「ロヒン」とは?
A.アラカン(Arakan)の古代名(Rohang)やアラカン王国(Mrohaung)から派生したなど諸説あります。ですが、ロヒンをどう解釈するのかは直接「ロヒンギャ問題」とは関係ありません。

Q.「ギャ(ジャ)」というのが人という意味なら、日本語で「ロヒンギャ人」「ロヒンギャ民族」とするなら「ロヒン人人」「ロヒン人民族」って変になりますね。
A.だから「ロヒンギャ問題」を理解している人なら、単に「ロヒンギャ」と書く方がいいんですね。

Q.「ロヒンギャ・ムスリム」っていうのは「ロヒン人ムスリム」っていうことですか・・・。
A.これだけ「ロヒンギャ」という名前の由来が、その語源を理解されず誤解され、時間とともに広がってしまうと、集団を表すために「人」や「族」をつけてしまうのですね。その方が簡単で通りがいいようです。しかし、ロヒンギャ問題が民族問題になって、解決の糸口が見えなくなります。「ロヒンギャ・ムスリム」と書くのは、ロヒンギャはあくまでもミャンマー国内にいるムスリム人の一つを指し、「民族」ではないということを敢えて含んでいるのです。

ロヒンギャに対する差別について、「民族差別は許さない!」っていう形だけのスローガンは、運動として簡単に進めることはできますが、実際は複雑な問題があるということを分かっていただけると思います。
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Q. 何をどう言い表すのかって、難しいですね。
A.例えば日本語で「サハラ砂漠」っていうじゃないですか。
Q. サハラ砂漠、ってアフリカの大きな砂漠の名前ですね。それが名前の呼び方と関係あるのですか?
A. サハラっていうのはアラビア語で「砂漠」っていう意味ですから、サハラ砂漠は「砂漠砂漠」ってなるし、韓国語の「チゲ鍋」は「鍋鍋」、ハワイの「フラダンス」は「ダンスダンス」になってしまいますよね。

Q. 使う側の無理解があるかも知れないけど、日本語ではそんな風に定着してきました。外国語をそのように使う方が簡単で便利ですよ。ロヒンギャという言葉もそれと同じようにはできないのですか?分かりやすいですし。 A.しかし、実際にロヒンギャと接する現地のバングラデシュ人(ベンガル人)は、ロヒンギャとはいわずに「バーマ・ジャ(ビルマの人)」って呼んでいる現実もあります。現地で案内してくれたロヒンギャを支援している知人は、バングラデシュの国境付近では伝統的に、ロヒンギャと呼ばずに「バーマ・ジャ」というのが普通なんですよ、と説明してくれました。

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Q. でも、日本の富士山を英語で言うと、「Mt.Fuji」ですし、琵琶湖は「Lake Biwa」と英文表記していますね。ただ、東京にある荒川は「Arakawa River」で利根川は「Tone River」と表記していて、「kawa」付けたり付けなかったりしています。
A. 富士山を「Mt.Fuji」、琵琶湖を「Lake Biwa」と呼んでも、政治的な問題は起こってきません。民族や宗教的な対立もありません。だからこそロヒンギャのような言葉の使用の際には、外部の人こそが微妙な問題だとして意識的に使わねばならないと思っています。ミャンマーでは、細かな呼称を軍政に利用されていたことをもっと意識的ならねばならいと思います。特に軍政期が長かったということを常に意識する必要があるのです。(つづく)

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宇田有三(うだ・ゆうぞう) フリーランス・フォトジャーナリスト
1963年神戸市生まれ。1992年中米の紛争地エルサルバドルの取材を皮切りに取材活動を開始。東南アジアや中米諸国を中心に、軍事政権下の人びとの暮らし・先住民族・ 世界の貧困などの取材を続ける。http://www.uzo.net
著書・写真集に 『観光コースでないミャンマー(ビルマ)』
『Peoples in the Winds of Change ビルマ 変化に生きる人びと』など。

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