「ドナーミルクに救われた」早産児を守る切り札〝母乳バンク〟日本はまだ2カ所だけ 地域によっては利用できず、世界では60カ国に750カ所以上

病院の新生児集中治療室でドナーミルクを与えられている赤ちゃん(日本財団母乳バンク提供)

 早産で小さく生まれた赤ちゃんに、寄付された母乳(ドナーミルク)を提供する「母乳バンク」をご存じだろうか。母乳には免疫力を高める効果があり、臓器が未発達な早産児がかかりやすい病気のリスクを減らせることが分かっている。いわば「薬」のような役割を担う。産後すぐに母乳が出ない母親に代わり、病院で1500グラム未満の赤ちゃんにドナーミルクを与える仕組みだ。欧米では普及が進み、世界の60を超える国に合計750カ所以上ある。国内では今年4月、東京都内に2カ所目が新設されたものの、ドナーミルクを利用できる病院はまだ少なく、ドナー登録できる地域も偏りがある。母乳バンクの輪を広げるには、多くの人に知ってもらうことが不可欠だ。(共同通信=若林美幸)

 ▽母親の精神的な負担も軽くなる

 東京都の会社員の女性(30)は昨年12月、都内の病院で男の子を産んだ。予定より2カ月以上早く、緊急帝王切開だった。体重はわずか約千グラム。すぐに新生児集中治療室(NICU)に移された。女性は、出産直後は手術の痛みで動けず、母乳もほとんど出なかった。「小さく産んでしまって申し訳ない」と精神的なショックも大きかった。
 

ドナーミルクを保管する冷凍庫=東京都中央区の日本財団母乳バンク

 医師はドナーミルクを提案。女性は母乳が出るようになるまで利用することにした。「病気のリスクが減ると聞いて、迷わず利用を決めた。私自身も精神的な余裕ができ、体調を回復させられた。子どもだけではなく家族も救われた」と振り返る。男の子は大きな病気にかかることなく順調に成長しているという。

 ▽「ドナーミルクをあげることで助かる命が増える」

 医療技術の進歩により、1500グラム未満の「極低出生体重児」や千グラム未満の「超低出生体重児」も助かるようになった。国内で1500グラム未満で生まれる赤ちゃんは、年間7千人。このうち母親の母乳が出づらいなどの理由でドナーミルクが必要とされる赤ちゃんは年間5千人と推計されている。
 こうした赤ちゃんは臓器が未発達のため、点滴や粉ミルクで栄養を与えると体に負担がかかることが多い。一方、母乳は消化管を成熟させたり免疫力を向上させたりする効果があり、早産児がかかりやすい壊死性腸炎などの罹患率を低減させることが研究で分かっている。

 

昭和大の水野克己教授=3月、東京都中央区

 日本の母乳バンクの第一人者である昭和大の水野克己教授は「早産の赤ちゃんは、本来は母親の胎内にいる時期。NICUでどんな栄養を与えるかがとても重要になる。生後できるだけ早くドナーミルクを与えることで、助かる命が増える」と話す。

 

 ▽国内最初の母乳バンクは新型コロナの影響で閉鎖

  母乳バンクの始まりは、1909年のオーストリアとされる。母親とは別の女性からもらった母乳を赤ちゃんに与えるこの仕組みは、献血をイメージすると理解しやすい。他人から寄付された血液を医療現場に運んで使うように、ドナー(提供者)に登録した女性が無償で寄付した母乳を低温殺菌処理してマイナス20度以下で冷凍保管。病院の要請に応じて発送、NICUの赤ちゃんに与えられる。
 日本では、昭和大江東豊洲病院(東京都江東区)に初めて設けられ、2017年に「一般社団法人日本母乳バンク協会」(東京)が発足した。だが新型コロナウイルス感染症が拡大。地域の医療拠点にもなっているこの病院は、外部からの出入りを制限せざるを得なくなるなどしたため、バンクの運営が困難となり、21年に閉鎖した。この時点で国内のバンクは、20年設立の育児用品メーカー「ピジョン」本社(東京)内にある1カ所だけに。
 22年4月、日本財団(東京)がこれまでで最大規模の「日本財団母乳バンク」を立ち上げたことで、国内2カ所となった。

 ▽赤ちゃん4千人分のドナーミルクを保管できる

 日本財団母乳バンクでは、80平方メートル超のスペースにドナーミルク専用の冷凍庫がずらりと並ぶ。年間最大約5千リットル、約4千人分を保管できる。

 ドナーには、自分の子どもに母乳を与えても余る女性が登録できる。医療機関で問診や血液検査を受け、問題がなければドナーとなり、バンクから搾乳や配送に必要なキットが提供される。ドナーは自宅で搾乳し、バンクへ冷凍便で送る。1人当たり3回以上、計3リットル以上を目安に無償提供してもらう。

母乳バンクの内部。手前は寄付されたドナーミルクを低温殺菌する機器、奥は保管する冷凍庫=東京都中央区の日本財団母乳バンク

 ドナー登録の申し込みは5月末時点で約280人。田中麻里常務理事は「好調な出足」と話す。

 ▽自治体や病院との連携強化が母乳バンク拡大の鍵

 課題は、利用できる医療機関が限られていることだ。利用するには、病院が母乳バンクと供給契約を結ぶ必要がある。全国に数百あるNICUのうち、現在ある母乳バンク2カ所と契約しているのは計約60カ所にとどまる。全国どの地域でも利用できる環境にはなっていない。田中常務理事は「利用する病院を増やすことは大前提」とし、将来的に250カ所の病院と契約を結ぶことを目標とする。「病院側にメリットを理解してもらえるよう、医師への周知啓発にも力を入れたい」と語る。
 ドナーの確保も課題だ。幅広い年齢層の男女が提供できる献血とは異なり、母乳は産後数年の女性しか提供できないため、絶えず新たなドナーに登録してもらわなければ維持できない。登録してもらうには、採血や問診ができる提携医療機関へ行く必要があるが、まだ東京や京都府など限られた場所にしかない。例えば鹿児島県在住の人がドナー登録を希望しても、登録できる医療機関は県内にはない。希望者は乳児を抱えている母親のため、登録のために遠方まで移動するのは現実的ではなく、諦めてもらうケースもあるという。
 ドナー確保のためにも、いざ自分の子どもや家族が利用する立場になったときのためにも、母乳バンクの認知度を上げ、多くの人に理解してもらうことが欠かせない。水野教授は、安定的に全国へ供給するためには「東京以外にも複数の拠点を作ることが必要だ」と指摘。「病院の代わりに都道府県が一括して契約するなど、自治体との連携強化も検討しなければいけない」と話している。

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