NPO法人どりぃむスイッチ ~誰もがここにいていいと思えるまちに。若者支援の軌跡と未来

2022年6月、広島県東部で初めての自立援助ホーム「エクリュ」が産声をあげました。

ここには、親を頼れない15歳~20歳の女性たちが住んでいます。

エクリュを運営しているのは、NPO法人どりぃむスイッチ(以下、どりぃむスイッチ)。

どりぃむスイッチは、これまで10年にわたって社会参加に困難を抱える若者を支援しています。

ずっと関わってきた子の表情が柔らかくなってきました。そんな変化がうれしいんです」

穏やかに微笑む、どりぃむスイッチ理事長の中村 友紀(なかむら ゆき)さんに、これまでの10年とこれからのことについて、お話を聞きました。

NPO法人どりぃむスイッチとは?

どりぃむスイッチは、これまで10年間にわたり、社会への参加に困難を抱える若者たちを支援し続けています。

どのような支援をしているのかを、簡単に紹介しましょう。

1.若者の就労支援

2012年、学校にも社会にも行き場がなくなった不登校や高校を退学した若者たちのために居場所を作ったのが、どりぃむスイッチの始まりです。

集まってきた若者たちにパソコンの操作を勉強してもらい、就労を手助けしていました。

それが、2015年4月の「ふくやま地域若者サポートステーション(サポステ)」開所につながります。

サポステは厚生労働省委託事業で、今もどりぃむスイッチの事業の柱です。

個別相談、コミュニケーションやITスキルなどのセミナーを開いて、段階的に就労をサポートしています。

2.社会的養護を巣立った若者の支援

画像提供:どりぃむスイッチ

社会的養護とは、以下のことを指します。

保護者のない児童や、保護者に監護させることが適当でない児童を、公的責任で社会的に養育し、保護するとともに、養育に大きな困難を抱える家庭への支援を行うこと

児童養護施設などで暮らせるのは原則18歳までと法律で決まっており、「18歳の壁」と呼ばれていました。

施設を離れた若者は、自立を余儀なくされるのです。

2022年6月に改正児童福祉法が成立し、原則18歳までとする年齢上限が撤廃されました。

2024年4月に施行されます。

ただし、現場を急激に変えるのは簡単ではありません。

しかし、家庭で育ってきていない若者にとって、自立は不安で大変なこと。

そんな若者たちが安心して暮らせるように、生活や仕事、学校など、さまざまな困りごとに寄り添うのが、退所児童等アフターケア事業所「カモミール」です。

3.若者の居住支援、自立援助ホーム

「住む場所の確保が自立への第一歩」との思いから、若者の住宅確保もサポートしています。

2020年3月には、親を頼れない若者のためのシェアハウス「ピアホーム」を開きました。

そして2022年6月、ピアホームは自立援助ホーム「エクリュ」として新たなスタートを切ったのです

4.その他

画像提供:どりぃむスイッチ

若者のためのDX人材育成事業、引きこもりや不登校の子どもを抱える家族の支援など、さまざまな形で若者たちを支えています。

シェアハウスから自立援助ホームへ

さまざまな形で若者を支援しているどりぃむスイッチが、今、力を入れて取り組んでいるのが自立援助ホームです。

自主事業で始めたシェアハウス

何らかの理由で家庭にいられなくなり働かなくてはならない若者たち、あるいは児童養護施設を出たあとに行き場がない若者たちがいます。

その若者たちにとって、一人暮らしは簡単なことではありません。

メンタルの不安定さを抱えたり、さまざまなことにつまずいたり。

安定して働くのが難しい若者もいます。

目の前で困っている若者がいる。

しかし、支援する社会制度がない。

この若者を放ってはおけない……私に何ができるだろうか。

考えた末にどりぃむスイッチ理事長の中村さんは、2020年3月にシェアハウスを始めました。

「子育ても一段落して、今ならできると思ったんです。

私にとっても、学びの多い経験でした。

数人の若者が同じ家で一人暮らしをしている、でも何かあったときには相談できる大人がそばにいる、という感じでしたね。

大家さんから家を借りて、入居者それぞれから家賃をもらうスタイルでした。

私も彼女たちと一緒に住んで、ボランティアとして関わってきました。

しかし、もっとサポートを充実させる必要があると感じて、自立援助ホーム『エクリュ』として生まれ変わらせることにしたのです」

と、中村さんは語ります。

自立援助ホームとは?

自立援助ホームは、義務教育を終えた15歳から20歳までの若者を対象に、自立のための援助や生活指導をする児童福祉施設です。

全国には200以上の自立援助ホームがありますが、エクリュができるまで広島県東部には1つもありませんでした。

画像提供:どりぃむスイッチ

シェアハウスとの根本的な違いは、児童福祉法で認められた施設であること

そのため、次のような支援が可能になります。

  • 朝晩の食事の提供
  • スタッフは24時間体制
  • 公的な就学支援(奨学金)
  • 利用者が負担する費用の削減(食費や光熱費など込みの家賃)
画像提供:どりぃむスイッチ
画像提供:どりぃむスイッチ

エクリュに入る条件は4つです。

  • 15~20歳までの女性(6人まで)
  • 学校に行っている、あるいは働いている(一緒に探すこともできる)
  • 家賃3万円を毎月払える
  • エクリュの約束事が守れる

個室には1つひとつ、異なるアクセントカラーが使われています。

どれもが優しい色合いで、若者たちを温かく迎え入れているようです。

シェアハウスでの経験

シェアハウスを運営した2年間を、中村さんはこう振り返ります。

「シェアハウスで若者たちと一緒に過ごして感じたのは、もっと対話をしたかった、ということです。

シェアハウスでは個人の自由と、お互いが助け合う関係づくりを大切にしようとしましたが、入居者同士の『ピアサポート』だけでは無理がありました。

もっとスタッフとの関係を密にするために、自立援助ホームへと移行する必要があったのです。

画像提供:どりぃむスイッチ

今、エクリュでは門限があり、定期的な面談も実施しています。

面談は、一人ひとりの目標に向かって、どうすれば実現できるかを一緒に考える時間です。

児童養護施設などで過ごしてきた子どもたちは、大切にされてきた経験が乏しいことも多く、自分が悪いせいでこのようになってしまったと考えたり、周りの大人の表情を読むことに長けていたりします。

そのためか、すぐに謝る子、自分の感情を出せない子、自分のしたいことが見えない子、期待して裏切られないように初めから期待しない子などさまざまです。

私はこの子たちに、あなたはあなたのままでいいんだよ、と伝えてきました。

失敗があっても、いい面や悪い面があっても、あなたはあなただと。

シェアハウスで過ごした2年間で、以前よりも笑顔が増えたと感じられた子もいます。

自信がついたように見えるし、表情が柔らかくなりました。

最初は私にすごく気を遣っていた子たちが、わがままを言うようになったり、不機嫌な顔を見せるようになったりと、気を遣わなくなってきたんです。

それは、そうやって振る舞っても私との関係は壊れないと、わかってきたからだと思います。

そんな変化がうれしいですね」

画像提供:どりぃむスイッチ

シェアハウスから自立援助ホームへと変わったタイミングで、自立していった若者たちもいます。

「退居した子たちのこともカモミールで見守りを続けますし、引き続きLINEでつながっています。

『いつでも来てね』と伝えているんですよ。

ずっと変わらず、この子たちの拠り所となる場所でありたいと、そう思っています」

中村さんの目は、少し先の未来を見つめていました。

どりぃむスイッチが目指すもの

「どりぃむスイッチの名前には、若者たちの夢や可能性の扉を開いたり、スイッチを押したりするお手伝い、という意味を込めています。

若者たちの支援をするといっても、すべてを支援することが必ずしもいいとは限りません。

それに、私たちでカバーできることには限界があります。

それよりも、彼らが地域のなかで一人前の人間として認められる感覚を養っていくことが大切なのではと感じています」

と中村さん。

この記事を読む人にメッセージを、とお願いすると少し考えて、こう続けました。

「まず、支援を必要としている若者たちがいると知ってくださったことに感謝します。

そして、もしよかったら関心を持ち続けていただけるとうれしいです。

どりぃむスイッチでは、これからも情報を発信していきますので見てください」

2022年6月19日(日)には、ZOOMを使った対話の場が予定されています。

またカモミールでは、若者たちにちょっとだけ手を貸してくれるサポーターを募集中です。

活動費をサポートしたいと思われるかたは、ぜひこちらを見てください。

誰もが安心して暮らせる町に

画像提供:どりぃむスイッチ

中村さんのお話を聞いて、人が地域社会のなかで安心して暮らせることは、決して当たり前ではないのだと知りました。

地域には、支援を求めている若者たちがいます。

そして、その若者たちにそっと寄り添い続けている人たちもいるのです。

「誰もが安心して、ここにいていいと思いながら暮らせるまちにできたらいいですね」

中村さんの夢へのスイッチは、今、ほんの少し押されたところです。

© 一般社団法人はれとこ