過疎化が進む集落に、ぽつんとできた「ハイテク店舗」 山形県長井市役所の若手デジタル部隊が目指す「未来都市」とは

山形県長井市の伊佐沢地区にオープンした無人店舗「スマートストア」=4月

 人口約2万6千人、3人に1人以上が高齢者の山形県長井市。その市内でも特に過疎化が進む集落に、スマートフォン一つで買い物ができる最先端の無人店舗が誕生した。その名も「スマートストア」。自治体主導の無人店舗は全国初。コンビニやスーパーがなくても、生活に不可欠な買い物の場を「デジタル化」で維持する狙いがある。
 長井市はデジタル技術を活用して地域課題を解決する「スマートシティ長井」実現を目標に、さまざまな実証実験に取り組んできた。その中核を担ってきたのは、若手職員で構成される“デジタルトランスフォーメーション(DX)部隊”。スマートフォンの操作に慣れていない高齢者も多いこの地域で、職員らが描く未来の都市の姿とは。記者が探った。(共同通信=吉岡駿)

 ▽スマホで入店、買い物簡単

 長井市役所から山を越え、車を走らせること約10分。人口約1100人の伊佐沢地区がある。地区のコミュニティーセンター隣にぽつんと立つ小さな建物が、3月末にオープンした無人店舗だ。辺りは田んぼが広がり、歩いている人の姿はまばら。地区は2020年までの5年間で人口が約1割、減少しており、近くにコンビニやスーパーはない。買い物には車で中心街まで出る必要がある。

QRコードをゲートにかざして入店する住民=4月、山形県長井市

 店舗入り口にはゲートがあり、前もってダウンロードした専用アプリのQRコードをかざすとゲートが開いた。店に入ると、お菓子や飲み物、調味料がまず目に入る。マスクや乾電池などの日用品もあり、商品は約100種類。店員はおらず、購入したい商品のバーコードをアプリで読み取り、店内のセルフレジで支払う。決済方法はクレジットカードや電子マネーに限定している。事前にアプリにクレジットカードを登録していれば、セルフレジを通さずスマホのみで買い物を完結することもできる。

商品のバーコードを読み取り購入=4月7日、山形県長井市

 買い物に訪れた近所の冨永千亜紀さん(43)は「慣れれば平気。地区には週末開いている店もないのでありがたい」。記者も試しに飲み物を買ってみた。普段からキャッシュレス決済に慣れていれば手順に難しいところはなく、数分で購入が完了した。

セルフレジで支払う住民=4月、山形県長井市

 ▽デジタル施策、続々に

 無人店舗設置だけでなく、長井市はNTT東日本と組み、次々とデジタル施策を計画、実行に移してきた。その旗振り役が、20年7月にNTT東社員の小倉圭さんを室長に、20~30代の若手職員14人からなるデジタル推進室だ。21年2月には市内限定のデジタル地域通貨「ながいコイン」運用に向けた実証実験も手がけている。

 今年3月には見守り用のGPS端末を児童に配布。子どもの現在地が保護者のスマホの地図上で確認できるようになった。人工知能(AI)が児童の行動パターンを学び、普段の行動範囲を超えた場合には通知が来るようになっている。
 さらに、利用者の需要に応じてルートを柔軟に変える「デマンドバス」の実証実験も4月から開始。乗客の情報を分析し、効率的な路線の設定や運行につなげるのが狙いだ。他にも、クマなど有害鳥獣対策用のセンサーカメラを、市内で目撃情報が相次ぐ住宅地の近くなどに設置し始めている。
 「良いものはそろった」。小倉室長は胸を張る。21年度には、内閣府の地方創生推進交付金事業に採択。総事業費は5年間で約8億2千万円に上る。

 ▽買い物できる場所を身近に

 無人店舗はその一環だ。地区には個人商店が1軒あるだけ。採算が取れないため、新たに有人のコンビニやスーパーを呼び込むのは難しい。「なるべく省力化して、最低限の売り上げでも地域の中で維持できるようにしなければならない」(小倉室長)

取材に応じる小倉圭室長(右)=4月、山形県長井市

 アプリの活用で購買データの分析が可能になり、利用者に合わせた品ぞろえや仕入れの効率化が期待できる。今後は店舗にない商品の注文や配送の実現を目指す。ドローンによる配送も想定している。
 防犯対策にもデジタル技術を導入。AIを活用した監視カメラが店内を見守り、怪しい動きを察知すると委託先の運営会社に連絡が届く仕組みを構築した。

 ▽成功の鍵はデジタル弱者支援

 一方、利用はハードルが高いと感じる人もいる。記者が店内で取材をしていると、地区の70代女性が店の外から商品を眺めていた。隣のコミュニティーセンターに来たついでに寄ったという。購入しないのかと尋ねると「現金じゃないと難しいよ。年寄りがいくところじゃない」とばっさり。何も買わず、足早に帰ってしまった。

無人店舗内では映像で購入方法を説明している=4月7日、山形県長井市

 内閣府が昨年1月に公表した世論調査では、60代の約26%、70代以上の約58%がスマホやタブレットを「ほとんど利用していない」か「利用していない」と回答。使わない理由として約半数が「自分の生活には必要ない」と考えているなど、高齢者層に十分に根ざしていないことが浮き彫りになった。
 無人店舗の利用促進をはじめ、市のデジタル施策成功の鍵を握るのは、高齢者など「デジタル弱者」支援だ。恩恵を実感してもらおうと、市はスマホ教室を計画。小倉室長はこう予想する。「すぐに使えるかというとそうではない。少しずつ慣れ親しんでもらうことで、ようやく軌道に乗っていくのでは」

 ▽未来の長井の姿は

 一連のデジタル改革を支えてきたのは、「次世代の長井を背負う職員たち」(小倉室長)だ。目指す未来の長井の姿は、トヨタ自動車の「ウーブンシティ」(静岡県裾野市)のような、先端技術を駆使した次世代都市とは異なる。「地方自治体として、デジタルが手段として最適ならば、それを選んで住民の生活をより良くする」。「あくまで地域のために」との思いが、デジタル化を突き動かしてきた。

デジタル施策に取り組む長井市=4月7日、山形県長井市

 これまでの取り組みを掛け合わせることで、大きな効果も期待できる。デマンドバスや市営路線バスを組み合わせて交通の足を確保しながら、無人店舗で地域の買い物を支える。一人ではアマゾンや楽天などのネット通販は使い方が分からず利用が難しくても、住民同士で一緒に移動し、教え合えば、買い物ができるはず…。
 見守り用のGPS端末と有害鳥獣対策のセンサーカメラを両方活用すれば、クマと遭遇しない安全な通学路を導き出せる―。「誰一人取り残さない」デジタル化が生み出す好循環を、人口減少が続くこの街で実現させたい。
 小倉室長は既に今後を見据えている。「これからは『作る』から『回す』ことが重要になる。メリットを実感してもらいながら、地域の方々に最大限活用してもらえるよう、取り組んでいきたい」

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