<社説>「侮辱罪」厳罰化 乱用を許さず監視徹底を

 侮辱罪を厳罰化する改正刑法が国会で成立した。インターネット上の中傷が深刻化する中で「加害者に犯罪だと認識させ被害を抑止したい」という被害当事者の運動が政治を動かした結果だ。しかし、表現の自由侵害の懸念に加え、ネット中傷対策として妥当なのかなど、もっと慎重に議論すべきだった。今後、侮辱罪が乱用されないよう厳しく監視する必要がある。 法案提出後、日本弁護士連合会(日弁連)が反対する意見書を発表し、日本ペンクラブが慎重審議を求める声明を出した。しかし、法制審議会がたった2回の会議で決定した改正案は、立憲民主党、共産党などが反対したものの、あっさりと国会を通過した。メディアも議論の場を十分提供したとは言いがたい。

 刑法は230条で名誉毀損(きそん)罪、231条で侮辱罪を定めている。名誉毀損は、その行為が公益目的で、適示した事実が真実であるかまたは真実であると誤信したことが立証されれば免責される。対して「他人に対する軽蔑の表示」にとどまる侮辱罪は、処罰対象の範囲があいまいで、罰則も「拘留または科料(1万円未満)」と軽かった。改正のきっかけとなったプロレスラー木村花さんの自死事件のほか、路上で「くそばばあが。死ね」と言ったケースや、インターネット掲示板に「詐欺不動産」などと書き込んだケースで有罪になっている。

 改正で、罰則は名誉毀損罪とほぼ同等になったが、行為の定義はあいまいなままで免責規定もない。日弁連の意見書は、改正を「インターネット上の誹謗(ひぼう)中傷への対策として的確なものとは言えない」として、プロバイダ責任制限法の改正、損害賠償額の適正化など民事上の救済手段の充実を図るべきだと指摘した。立憲民主党は対案として「加害目的誹謗等罪」を設ける刑法改正案を提出していた。

 厳罰化を求めてきた被害当事者らは、表現の自由侵害への懸念を理解している。これまで「言葉狩りや言論封じに悪用されないよう適用に注意し、被害者救済のための厳罰化であってほしい」「誹謗中傷と批判の境目を明確にするガイドラインを作るべきだ」などと発言してきた。

 2019年に札幌市で安倍晋三首相(当時)の演説にやじを飛ばしたりプラカードを掲げたりしたとして、市民が北海道警に排除された事件があった。札幌地裁は3月、表現の自由を侵害したとして道に損害賠償を命じたが、道は不服として控訴した。こうしたことが表現の自由の萎縮につながりかねない。

 日弁連意見書は、侮辱罪が1875(明治8)年の讒謗律(ざんぼうりつ)に由来し、同時に布告された新聞紙条例とともに、自由民権運動の弾圧に使われた歴史を紹介している。批判された政治家が乱用したり、警察が権力者に忖度(そんたく)して弾圧したりするようなことを断じて許してはならない。

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