地方民鉄の優等生…長野の「アルピコ交通」 豪雨被害の上高地線が10カ月ぶりに運行再開

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復旧した当日に、松本駅に停車する上高地線の電車

アルピコ交通上高地線は、2021年8月14日の集中豪雨により、田川橋梁が被災したため、松本~新村間で自社の代行バスによる輸送が実施されていたが、2022年6月10日より、全線で運転が再開した。地元では、乗り換えの解消や「鉄道」という安定した公共交通の復旧、混雑緩和が実現したため、今回のアルピコ交通上高地線の復旧を歓迎している。

アルピコ交通上高地線と、被災した田川橋梁の場所(国土地理院「地理院地図Vector」を加工)

アルピコ交通の沿革

「アルピコ交通」の旧社名は松本電気鉄道であり、2011年4月1日に諏訪バス、川中島バスを吸収合併し、商号を「アルピコ交通」と改められた。

会社の歴史は、1919年12月5日に「筑摩鉄道」に対し、敷設免許状が交付されたことから始まる。翌1920年5月29日に、正式に「筑摩鉄道」として会社が設立された。そして1921年10月2日に島々線の松本~新村(しんむら)間が開業している。また島々まで開業したのが、1922年9月26日である。

松本電気鉄道へ社名が変更されたのが、1932年12月2日であり、戦時中の1943年には陸上交通事業調整法により、松本自動車を合併している。戦後すぐの1946年には、1925年に設立されたアルプス自動車を合併しており、この時代に今日のアルピコ交通の骨組みが出来上がった。

開業した当時は、「島々線」であったが、1955年に上高地線へ名称が変更された。この頃になれば、日本の経済復興が進んで、観光で上高地へ出掛ける人が増え始めていたことが影響している。

1964年3月末までは、現在の上高地線以外に、浅間線という松本~浅間温泉間の5.3kmを結ぶ路面電車も運営していた。

松本電気鉄道、諏訪バス、川中島バスの3社が合併する前より、グループ共通でCI(コーポレートアイデンティティ)を実施していた。「アルピコ交通」という社名は、グループ名であるALPICO(アルピコ)から来ており、アルプスの会社という意味である。アルピコ交通の稼ぎ頭は、高速バスであり、6月9日に乗車した夜行高速バスは、上高地へ向かう人も多く、高い乗車率であった。

アルピコ交通の稼ぎ頭の高速バス

アルピコ交通は、交通事業以外にも、姨捨サービスエリア上下線、梓川サービスエリア上り線、諏訪湖サービスエリア上り線で、サービスエリア内で飲食や小売り事業を展開したり、蓼科高原で別荘地などの不動産事業や広告事業を展開している。

鉄道の被災と復旧

2021年8月14日に発生した大雨による河川増水により、西松本~渚間にある田川橋梁が被災して橋脚が傾いた。その結果、線路がゆがみ、鉄道が運行できなくなった。そこでお盆休みが終わった同年の8月16日からは、松本~新村間で自社のバスによる代行輸送を行うことになった。

被災した田川橋梁の様子(提供:アルピコ交通)

同線は、地元住民の通勤・通学・通院、そして用務以外に、上高地などを訪れる観光客も利用するため、復旧工事を2021年11月から開始した。

復旧工事では傾いた橋脚を撤去した上で、新たに橋脚を設置し、ゆがんだ橋桁なども修復する。傾いていないもう1つの橋脚は、2022年から補強工事に着手したことで、同年の6月10日から全線で復旧した。

国庫補助の問題点

鉄道が被災した場合、国や自治体からは、補助率が低いとは言え、「鉄軌道整備法」に基づいた補助が実施されたりする。

だがアルピコ交通の上高地線は、過去3年間の間に「黒字」になった年度があったため、国からの鉄道軌道整備法第3条4項による、補助が適用されなかった。上高地線は、一時期、輸送密度が2000人を下回ったりしていたが、2010年頃から利用者が増え始め、鉄道統計年報によれば、2018年度は2447人であった。

そこで松本市と長野県からの補助金が支給され、残りはアルピコ交通の自己資金により、復旧工事を行った。

過去3年間に1度でも「黒字」になった年度があれば、国からの補助金が支給されないという、鉄軌道整備法の矛盾が露呈したが、見方を変えればアルピコ交通は、年度によれば黒字になるなど、「地方民鉄の優等生である」とも言える。

松本大学の校舎

事実、北新(きたにい)・松本大学前駅の傍には、松本大学があることから、朝夕のラッシュ時には、通学の学生で電車が混雑する。「大学」というまとまった需要が期待できる施設が沿線にあることは、地方鉄道の旅客数を大きく引き上げる効果がある。

松本大学以外に上高地へ向かう観光客の需要もあり、地元が復旧を望んだこともあり、自己資金を出して復旧を進めた。

復旧したアルピコ交通上高地線に乗車する

復旧した初日には、報道陣も取材に訪れていた

筆者は、上高地線が復旧した2022年6月10日に乗車している。当日は、テレビ局や地元の新聞社も取材に訪れており、乗客にインタビューを行っていた。

地元では、鉄道の復旧を歓迎しており、特に松本大学へ通う学生は、定時運転が可能で、かつバスよりも輸送力がある鉄道の方が、時間が読める上、混雑が緩和されることもあり、今回の復旧を心から喜んでいた。

被災した田川橋梁であるが、25km/hに減速して通過しており、本格的な復旧と言うよりは、「仮復旧」という方が妥当な状態であった。

田川橋梁は、25km/hの速度制限を受ける

上高地線の松本~渚間は、急カーブがあることから最高運転速度が40km/hに抑えられており、田川橋梁を通過時に25km/hに減速しても、大幅な遅延は生じないが、今後は設備改良を行い、1日も早く被災以前の40km/hで通過できるようになること願いたい。

アルピコ交通の経営努力

アルピコ交通では、少しでも需要を喚起したく、便利な上高地線の1日乗車券が販売されている。価格は、1420円であるから、松本~新島々間を往復すれば、元が採れる。それ以外に、上高地へ向かう観光客も利用することから、終点の新島々駅には、バスセンターが隣接しており、上高地方面や乗鞍方面、白骨温泉へ向かう自社の路線バスと連携している。また北新・松本大学前駅、新村、波田(はた)では、コミュニティーバスと接続するなど、公共交通の結節点が形成されている。さらに渚駅には、無料の駐輪場が整備されるなど、少しでも利用者を増やす試みが実施されている。

新島々には、バスターミナルが隣接する。上高地や乗鞍高原、白頭温泉方面への路線バスと接続する

◆堀内重人(ほりうち・しげと) 1967年大阪に生まれる。運輸評論家として、テレビ・ラジオへ出演したり、講演活動をする傍ら、著書や論文の執筆、学会報告、有識者委員なども務める。主な著書に『コミュニティーバス・デマンド交通』(鹿島出版会)、『寝台列車再生論』(戎光祥出版)、『地域で守ろう!鉄道・バス』(学芸出版)など。