転機は大阪北部地震 「銭湯は必要な存在」、休業の銭湯を引き継いだ

「古い設備でよく故障するので銭湯は手のかかる子どもみたいだ」と話す原さん(大津市馬場)

 店主が亡くなり休業していた大津市馬場3丁目の銭湯「都湯」を引き継いで3年半。原俊樹(はら・としき)さんは「銭湯文化の火を絶やさない」という思いは一段と強くなっている。

 大阪府吹田市出身。風呂がないアパートに住んでいた高校生の頃から銭湯に通い、店によって違う浴槽や浴場の絵など、昔ながらの銭湯文化に魅了された。

 2018年6月に大阪北部地震が発生した。ライフラインが止まる中、多くの人が銭湯に集まった。改めて生活に必要な存在と感じた。そんな中、大津市で廃業寸前の銭湯があり、後継者を探しているという話が、知人を通じて舞い込んできた。迷わず名乗りを上げた。

 18年11月の開店当初、来客数は少ない日で近隣住民ら40人足らずだった。低予算で実現できることを考え始めた。薬湯やパクチー風呂など多彩なイベントを開いたり、会員制交流サイト(SNS)を活用したりして、銭湯に身近でない若い世代にも来店を呼びかけた。やがて、県内外から一日平均100人以上が訪れるようになった。

 そんな時、新型コロナウイルス禍が店を直撃した。約1カ月休業し、再開後も一度に入れる人数を制限し、厳しい経営が続いた。「自分のやりたいことができず、今が引き時なのかと感じてやめようかとも思った」と話す。それでも「待っているお客さんがいるから」と前を向く。今では客足がコロナ前よりも増加した。

 燃料に使うまきは、自ら軽トラックを運転し、解体現場に出向いて安く仕入れる。多忙を極めるが、「『いつ寝ているのか』と思わせたい」と笑顔を見せる。

 各地で銭湯の廃業が相次ぐ中、銭湯をやりたいと志す若者も訪れるという。「好きなことを仕事にできる楽しさを若い人たちに魅(み)せたい」。大津市。

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