戦時中の留学生 足跡を知って 中国人学者・劉さん伝記を翻訳、発行

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劉源張さんの伝記を翻訳し、発行した鴨川さん(左)と陳さん=長崎市片淵4丁目

 戦時中、長崎経済専門学校(長崎大経済学部の前身)に留学していた中国人学者、故・劉源張(りゅうげんちょう)さん(享年89)の自叙伝を翻訳した「中国工程院院士伝記 劉源張自伝 第一部 私の家族と親友」を、長崎市片淵4丁目の鴨川弘さん(79)と西彼時津町の陳華(ちんか)さん(47)が発行した。

 鴨川さんは中国人留学生の足跡をたどるのがライフワーク。戦時中、祖母が片淵で下宿を営み学生を世話しており、約30年前、自宅で留学生向けの会報誌を見つけたのがきっかけだ。
 2014年、新聞に掲載された中国の学者の訃報記事が目に留まった。劉源張さん。留学生の調査の過程で名前を知っていた。「中国の品質管理の父」と言われ、最高研究機関・中国工程院で「院士」に選出された人物。自叙伝があると聞き、中国から取り寄せた。
 知人で中国福建省出身の陳さんに翻訳を頼んだ。日本語教師だった陳さんは03年、県と福建省の経済交流事業で長崎を訪れ、研修先で鴨川さんと知り合った。夫の仕事の関係で12年から長崎に住んでいる。
 鴨川さんは「一部分だけ」のつもりで陳さんに依頼したが、読むうちに2人とも引き込まれた。その後、「時代に翻弄(ほんろう)されながら努力した人生を知ってほしい」と出版を企画した。
 劉さんは、中国・山東省青島で生まれた。1942年、17歳で長崎に留学。スパイ容疑をかけられ、7カ月間拘束された。釈放後すぐに香川県の高松高等商業学校に強制転校させられたが、転校先が空襲に遭い、再転校。困難な中でも勉学を続け、中国を代表する学者の一人になった。
 同書は、劉さんの波乱の前半生を綴った自叙伝の「第一部」を翻訳したもの。家族や友人、日本との深いつながりも書かれている。鴨川さんと陳さんは2015年から約6年間「日中共同」で作業を続け、今年1月に完成。折しも今年は日中国交正常化50周年の節目。2人は運命的なものに導かれたように感じている。
 陳さんは「感情や文章のくせをどう日本語に落とし込むか苦労した」と振り返り、鴨川さんは「文化の違いや時代の苦労がよく分かる。多くの人にこの歴史を知ってほしい」と話した。
 非売品。関係者に配布した。一部は県立図書館、長崎市立図書館、長崎大経済学部図書館に寄贈した。