刑事政策の哲学が変わる 「刑法改正の意義」林検事総長に聞く

刑法改正の意義を語る林検事総長=最高検

 懲役・禁錮を廃止して拘禁刑を創設し、刑罰の目的に「改善更生を図るため」と明記した改正刑法が成立した。刑事司法や刑罰の大きな改革は、出所者の受け皿となる自治体や地域社会を含めた支援の在り方に影響を与える。刑事政策は何が変わるのか。「監獄」が「刑事施設」に改められた監獄法改正(2005、06年)と刑法改正に携わった林眞琴検事総長に刑法改正の意義を聞いた。

 -刑法改正の前段として、刑務所などを運営する根拠法の監獄法の改正がある。受刑者が死傷した名古屋刑務所事件が契機だった。
 監獄法は明治41(1908)年に制定されて、実に100年近く実質的な改正がなされてこなかったために、受刑者の権利義務関係がまったく明確でないような法律で極めて不十分なままに残っていた。その中で事件が発生してしまった。監獄法改正の最も大きな意義は、受刑者の改善更生、社会復帰に向けた矯正処遇が法制度として初めて導入されたこと。

 -刑法が制定された明治40(1907)年以来、刑罰の改正は115年ぶりとなる。
 改正前の刑法では、懲役は刑事施設に拘置して所定の作業を行わせるとされている。この作業というのは、懲役という刑罰の名前のとおり懲らしめのための役、つまり過去の犯罪に対する報い、懲らしめ、つまり応報として科されるとされてきた。しかし監獄法の改正によって教育的処遇の概念が導入され、それ以降は懲役刑の処遇の実質的な内容は、刑務作業だけにはとどまらず、改善指導等の教育的処遇をも行うものとなってきた。その結果、近年では懲役刑を報いとして科すという性格は薄くなってきている。
 今回の刑法改正では、新しくできる拘禁刑を過去の犯罪に対する報いとして科すという性格よりも、むしろ罪を犯した者の改善更生、再犯防止のために科すものとして位置付けることにして、刑法の条文の中に「改善更生」という目的を初めて明記した上で、拘禁刑に処せられた者に対して必要な作業を行わせ、または必要な指導を行うことができるとなっている。

 -刑法だけでなく関連法でも立ち直りを後押しし安全・安心な社会に向けた諸制度が導入されている。
 刑法は犯罪とそれに対する刑罰を定める法律。従って刑法は刑事政策の根本をなすもの。懲役が廃止されて拘禁刑に変わり、刑法に改善更生の目的が明記されることは、刑事政策の根本の考え方が変わることを意味する。刑事政策の哲学が変わると言ってもいい。

刑法改正に伴い拘禁刑が創設され、「改善更生を図るため」と明記された(写真はイメージ)

 -初めて刑罰が変更される。ただ表現が硬くて難しいとの印象を抱いている人もいる。
 刑罰は何のために科すのか。この課題は刑法の教科書の最初に出てくる課題。刑法を勉強しようとする人は必ず始めにこれを学ぶ。古くから、二つの対立する考え方がある。一つは刑罰は犯罪を行ったことに対する報いとして科すという応報刑の考え方。もう一つは刑罰は犯罪を防止するために科すという目的刑の考え方。教育刑とも言われる。
 現代の日本の多くの法律実務家、あるいは刑事法学者は刑罰は応報であると同時に犯罪予防の効果を持つ、つまり現在の日本の刑法が定める刑罰は応報刑としての性格と目的刑・教育刑としての性格を併せ持っていると考えられている。
 しかし、刑法の定める条文を素直に読んでいっても、犯罪を防止するための目的刑としての性格をうかがわせる条文はどこにも見つからない。監獄法改正によって導入された教育的処遇という要素はまったく出てこない。監獄法を改正して成立した刑事収容施設法という法律と懲役などの刑罰を定める刑法との間で、刑の実質的な内容に食い違いが生じてしまっている。今回の改正はこの両者の間の食い違いを埋めるものとなる。

 -監獄法改正以降の改革で刑事司法は変化してきた。今回の改正で社会との関係において大きな変化が生じると予想する。
 刑事司法側の変化は総じて言えば、再犯防止、改善更生、社会復帰支援への方向性を強めていく改革。今回の刑法改正は、進行してきた変化を刑事政策の根本のところに於(お)いて完成させる。社会復帰に向けた、あるいは改善更生のための教育的処遇が進化・充実させられる、そういう効果がある。再犯防止に向けた取り組みに新たな魂が吹き込まれる。
 この取り組みは刑事司法と福祉、あるいは地域社会との間に大きな段差があってはなかなか実現ができない。今回の改正は、そうした刑事司法の根本のところが、犯罪の報いとして科す応報刑的な考え方から、その軸足を犯罪を防止するために科す目的刑・教育刑的な方向へと移すことによって、刑事司法と地域社会、福祉との段差を小さくしていくことになる。この段差が小さくなることが、刑事司法と地域社会との間をつなぐ取り組みをいっそう推進させることにつながっていくと考えている。

 -知的障害者、認知症高齢者らに対する処遇がどう変わるか。
 個別の受刑者の特性に応じて、刑務作業を全部やめて教育的処遇だけをやるということも可能になる。今までは全面的に作業をやめるということはできなかった。作業能力のない高齢者に対し、形だけの軽作業をさせる必要はなくなる。

 -刑事収容施設法に帰住や医療、就業や就学を助けることと、「健全な社会生活を営むために必要な援助を行う」と明記された。「刑事施設の外の適当な場所で行うことができる」ともあり、刑事施設と施設外の社会にある就労・教育などの支援が結びつくことを期待する。
 「社会復帰支援」という条文が入ったところに大きな意味がある。これからは外のリソース(目標達成に必要な資源)があれば、そちらに受刑者を出して支援してもらうこともできる。


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