”謎の壁画”、一部保存へ 市民調査が小田原市を動かす

旧市民会館壁画の保存作業について解説する東海大学の田口准教授=小田原市本町

 小田原市民に59年間愛され閉鎖された旧市民会館大ホール(同市本町)で存在すら長年忘れられた“謎の壁画”が、今年12月の解体前に一部保存されることになった。市民有志の研究で光が当てられるまでは市当局もただの壁としか認識していなかったが、壁画としては国内でも有数の規模と判明。市民らは「作品だけでなく、会館に託された多くの人々の思いも残り続けてほしい」と願いを込める。

 6月中旬、ひっそりとした大ホールで東海大学芸術学科田口かおり准教授のチームによる保存作業が行われていた。布地の上に石こうで盛り上がりを作り、その上から絵の具が塗られた壁画。ワックスを塗って絵を保護し、壁から布地を慎重に剥がしていった。

 1、2階に分かれて描かれた抽象画の1階部分は長さ22メートルに渡って赤色の壁面に黒い染みが広がり、2階では青い背景に無数の亀裂が走る。田口准教授は「建物と一体化し、これほどの規模で描かれた壁画は国内でも珍しい。簡単に取り壊していいものではない」とその価値を見いだす。

 1962年の開館以来、タイトルも作者名も長らく伝わらず、市の管理もずさんで塗装はところどころ剥がれたままだった。2017年に市内の美術品を調査していた市民有志が偶然、壁の端に隠れていた作者のサインを見つけ、芸術作品であることが半世紀ぶりに“発見”された。

 作者は児童文学の挿絵などを多く手掛けた故・西村保史郎氏(1915-2015年)。しかし、世間的には無名で遺族もいないため、どういう経緯で何が描かれているのか、謎のままだ。取り壊しの運命にあったが、その価値に気付いた市が昨年7月の会館閉館後に一転して保存を決めた。

 壁画を調査した「市民会館思い出アーカイブ隊」の深野彰さん(73)は「開館当時は観客を非日常の世界に導くために描かれた壁画だった。60年たっても芸術作品として色あせてない」と保存作業を見守った。

 保存されるのは約100平方メートルの大作のうち、サインなどが残された一部分。研究グループが分析や修復作業を行い、12月に会館の後継となる小田原三の丸ホール(同市本町)で公開される。田口准教授は「結婚式や成人式、学校の発表会。多くの人々の思い出の写真にこの壁画も映っていたはず。その現物が残されることが大切な記憶を思い出すよすがとなるはず」と訴えた。

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