新時代の管理運営を探る58 デジタル田園都市国家構想とこれからのマンション事業(下) マンション管理士/TALO都市企画代表 飯田 太郎

新時代の管理運営を探る58 デジタル田園都市国家構想とこれからのマンション事業(上) より続く

2021年9月に発足した岸田文雄内閣は、政策の柱としてデジタル田園都市国家構想を掲げている。政策内容を具体的に検討するために、有識者や自治体の首長が参加するデジタル田園都市国家構想実現会議を11月に設置、22年4月27日までに会議を7回開催した。第1回会議で岸田首相は「新しい資本主義実現に向けた最も重要な柱とし、デジタル技術の活用で地方を活性化し持続可能な経済社会を実現したい」と述べた。デジタル田園都市国家とは「地方と都市の差を縮め、都市の活力と地方のゆとりの両方を享受できる国」を実現することだとし、デジタル技術によって、どこにいても大都市並みの働き方や質の高い生活が可能になる「人間中心のデジタル社会」を、理想的な社会像として位置付けている。住生活ではIoTを軸に利便性・快適・安全を追求した住宅システムであるスマートホームの普及を目指すことになる。デジタル田園都市国家構想とこれからのマンションのあり方を考える。

【原型はハワードの田園都市論】

田園都市構想の源流は18世紀末にイギリスのエベネザー・ハワードが著した「明日の田園都市」(原題は「明日- 真の改革にいたる平和な道」)に遡る。当時のイギリスは産業革命により人口が都市に集中し、環境悪化や貧富の格差拡大が深刻化していた。ハワードは、「都
市と農村の結婚」により、都市の社会・経済的利点と、農村の優れた生活環境を結合した第三の生活を生み出すことによる解決を目指し、ロンドンの郊外レッチワースに最初の田園都市を建設した。ハワードの田園都市論は各国の都市計画思想に大きな影響を与え、日本でも内務省地方局有志が翻訳、1907年に「田園都市」を出版した。その後、1918年に渋沢栄一らが田園都市株式会社を設立、田園調布等を造成、分譲することになる。
マンション事業はこれまで政府のビジョンや長期計画との整合をとる視点が乏しかった。所得倍増計画や日本列島改造論等による土地ブーム、不動産ブームに乗じて事業を拡大することはあっても、国土計画等の長期計画の思想を取り入れて、計画的なまちづくりの一環としてマンションを供給することはほとんどなかった。都市計画についても、立地や事業規模を規制されるものとして、否定的に捉えることも多かった。市街地再開発事業のように容積率緩和等を利用することはあっても、地域全体のあり方を検討するといった視点は、ほとんど見られないまま、マンション事業は発展してきた。別の角度から見れば、こうした行政の施策等にはない「野武士的」バイタリティがマンション事業の急速な発展と、都市生活者の間にマンションが普及した原動力だともいえる。
しかし、人口減少・少子高齢化の急速な進行という、事業基盤そのものが脅かされる状況下では、マンション事業の存立と発展に関わる問題として、国や自治体の基本政策や都市計画等に正面から向き合うことが必要だと思う。4月に施行された改正マンション管理適正化法等が、マンションを公共財として位置付けていることも、国土計画等への視点が必要なことを示している。
2014年に策定された第二次国土形成計画は、2015年〜2025年を「日本の命運を決する10年」と位置づけ、対流型国土形成、都市と農山漁村の相互貢献による共生、二地域居住や関係人口を重視している。複数の地域に生活拠点をもつことで形成される、二地域居住や関係人口の考え方は、都市、農村を問わず住民に一人二役を果たすことを期待している。デジタル化が進んだ社会だからこそ実現可能なことである。二地域居住を実現するためには、A地域とB地域の住宅を好きな時に容易に行き来し使用できることが前提になる。二地域居住者のための住宅として空き家等を活用する方法もあるが、実際には電気のブレ
ーカーを落とし、エントランスの鍵をかけるだけで、2つの住まいを往復することができるマンション型の住居が向いている。二地域居住を普及するためには、スマートホームに対応する二地域居住型仕様の共同住宅を建設することが早道だろう。
最近、大林組が11階建の純木造耐火建築物を竣工したことが報道された。本欄2019年6月号でも竹中工務店が木造共同住宅を建設したことを取り上げたが、建設用木材の輸入が困難なウッドショックのなかで、国産材の利用を促進し林業と山林を守る現実的な条件が揃いつつある。国土の70%近くを占める山林を利用しつつ維持管理することは、治山治水つまり災害対策のうえからも重要な課題である。デジタル田園都市国家構想によるデジタル基盤整備を実現することは、技術的にはそれほど難しいことではないだろう。それを利用して人と地域の大きな対流を起こすためには、都市と農村の結婚だけでなく、都市と森林地域の結婚も必要である。林業の振興と木造共同住宅の建設を進めることで、国土保全の推進と良質な居住空間の創出を推進するために、マンション関係者が構想力を発揮する時代が来ている。

2022/6/5 月刊マンションタイムズ

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