〝縦割り行政〟のまま創設される「こども家庭庁」、岸田首相が唱える「子ども真ん中社会」は実現できるのか 首長、支援団体代表、教授に聞いた

「こども家庭庁」設置関連法案を賛成多数で可決した衆院本会議=5月

 少子化や虐待、子どもの貧困など、子ども関連施策を総合的に推進する新組織「こども家庭庁」が2023年4月に創設される。首相直属の司令塔組織として対応に当たることが期待されている。課題は多岐にわたり、子育て支援や妊産婦への支援、子どもへの性犯罪対策も含まれる。もともと21年に当時の菅義偉首相が「縦割り行政の打破」の象徴として検討を指示したものの、教育分野や学校でのいじめ問題は文部科学省が引き続き担うことになったため、縦割りは解消されない。保育所の所管は厚生労働省、幼稚園は文科省という「縄張り」をなくし、こども家庭庁の下に統合する「幼保一元化」も見送られた。
 こうした中で、こども家庭庁は、岸田文雄首相が言う「子ども真ん中社会」を実現するための役割を果たしていけるのだろうか。意義や課題は、また、この問題をどう捉えるべきか。自治体の首長、支援団体代表、大学教授の3人に聞いた。(共同通信=大野雅仁、関かおり、岩原奈穂)

 ▽必要なのは予算の増額―兵庫県明石市長の泉房穂さん(衆院議員などを経て2011年より現職)

 子どもが政治の主要課題に位置付けられたことは評価できる。ただ、こども家庭庁には、幼稚園や小中学校などを所管する文科省の権限が移管されない点や、子ども関連政策の予算が少ないなど課題も多い。
 

兵庫県明石市長の泉房穂さん

 市長になって、条例改正で組織再編し、文科省所管の教育委員会部局を市長部局に移した。待機児童対策として幼稚園の空き教室に保育園の分園をつくるためだ。現場は縦割り行政の弊害で困っている。虐待や貧困問題に関しても学校が入らずには防げない。子ども目線で柔軟な運用が必要だ。こども家庭庁と文科省がどこまで連携できるかが今後焦点になる。
 何より重要なのはお金。日本は子どもへの支出が極端に少ない。主要先進国の中で、日本は国内総生産(GDP)比で公共事業費は高いが、子ども関連予算は2%に満たない低水準だ。家計で言えば家の修繕ばかりで子どもの教育費や食費にかけないようなものだ。
 明石市は公共事業費を削って、126億円だった子ども関連予算を258億円と2倍にした。給食費や第2子以降の保育料の無償化などを実現した。子ども部門の職員も3倍に増やし、専門職を雇って対応力の向上を図っている。こども家庭庁をつくってもお金なくして施策は進まない。
 日本の少子化の危機的な状況を考えれば倍増どころか3倍増にすべきだ。子どもファーストに発想を転換し、トップがかじを切れば良い。国の次年度予算でどれだけ増えるかで本気度が分かる。

 また、お金の使い方は自治体に委ねるべきだ。明石市では子どもを核にした予算へシフトし出生率が上昇。9年連続で人口が増えた。税収も伸びて財源ができ、新たな施策の実施という好循環が生まれた。明石市ができることは国でもできるはずだ。

 ▽大人がつくった枠組み―親と離れて暮らす子どもへの支援団体「ゆめさぽ」代表理事の田中れいかさん(児童養護施設で約10年間生活)

 

支援団体「ゆめさぽ」代表理事の田中れいかさん

 「子どものため」と言いながら十分に意見を聴くことなく、大人がこども家庭庁の枠組みを考えて決めており、あまり期待できない。声を上げづらい環境にいる子どもがいることも含め、幅広く意見を聴いて、在り方を検討してほしかった。
 こども家庭庁は、子どもの意見を尊重し、最善の利益を優先して考えることを掲げている。しかし、現実には、自分の意見を言うのが難しい子どもがいる。私が児童養護施設で暮らしていたとき、職員に「お母さんと一緒に暮らしたい」と何度訴えても、いつも返事を濁された。次第に「意見を言っても寄り添ってもらえない。もう言うのをやめよう」と思うようになった。
 このような子どもにアプローチするには、大人が寄り添って子どもが安心して意見を口に出せる場を作り、代表者が大人に届ける仕組みが必要だ。こども家庭庁としても、社会全体としても、なるべく多くの子どもが声を出しやすいように環境を整えてほしい。
 

 保護者による適切な養育を受けられない子どもらを支える社会的養護について、学校現場で理解がなかなか進んでいないと感じている。子どもの居場所となるコミュニティーが少ないので、学校はとても大事な場。虐待事件などは学校で対応できる部分もあるため、教育分野がこども家庭庁に移されないのは残念だ。
 一方で、こども家庭庁の基本方針には、交流サイト(SNS)を活用した情報発信の充実が盛り込まれた。自分自身の経験を踏まえると、支援の情報があっても、それが当事者になかなか届かないと思う。情報の信頼性をどう判断するのかという点も疑問。ただ送ればいいというわけではない。子どもたちがその情報によって本当に安心して生きていけるのかというところまで考えてほしい。

 ▽子どもを第一に考えて―日本大教授の末冨芳さん(専門は教育行政学、教育財政学)

 

日本大教授の末冨芳さん

 こども家庭庁の意義は大きい。省庁の縦割り行政の壁に阻まれ、置き去りにされてきた施策を進めてほしい。親が「子育てしていて良かった」、子どもが「大切にされている」と実感できるよう取り組んでもらいたい。
 親は子育ての悩みを抱えがちだ。例えば、赤ちゃんの夜泣きがひどく、どうしたら良いかと行政の窓口に相談しても、窓口によっては「赤ちゃんはそういうもの」などと抽象的な対応に終わるか、たらい回しにされて、悩みは解消されない。
 所管がこども家庭庁となる自治体の子育て支援拠点「こども家庭センター」が各地にできれば、改善されると思う。専門職を配置してワンストップで相談を受ければ、一時預かりなどのサービスに確実につなげられる。
 こども家庭庁は、性犯罪加害者が保育や教育といった子どもに関わる仕事に就けないようにする「無犯罪証明書」制度の検討など、性犯罪対策も強化する。こうした複数の省庁にまたがり調整が難しい案件を進められる。司令塔として、他省庁の政策が不十分な場合には是正を要求する「勧告権」もある。

 一元的に子ども政策に取り組む中で、改めてほしいのは児童手当の所得制限。親の不平等感につながり、次世代の出産意欲も下げる。国がこれまで、子どもを第一に考えてこなかったため少子化が進んだ。人口が減り続ければ社会を維持できなくなる。子どもに必要な費用を国民全体で負担し、子育てを支える方向に変える必要がある。
 全ての分野で子どもの権利や意見を尊重しなければならないと定める「こども基本法」も、こども家庭庁の司令塔としての役割を支える重要な法律だ。人権に関わる理不尽な「ブラック校則」の見直しなど他省庁の政策の後押しも期待したい。

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