ウクライナ口実に「火事場泥棒」をもくろむ政府 入管法“改悪案”再提出の動きに厳しい批判

 ウクライナから避難した人たちの保護を口実にした火事場泥棒じゃないか―。
 昨年、廃案になった入管難民法改正案を再び国会に提出する動きに批判の声が上がっている。ウクライナでの戦争と日本の入管政策はどうつながるのか。背景を追うと、いくつもの疑問が浮かび上がってきた。(ジャーナリスト、元TBSテレビ社会部長=神田和則)

日本経済大の入学式で、自国の国歌を聴く避難民となったウクライナ人学生=4月12日、福岡県筑紫野市

 ▽「準難民」

 政府は法案再提出の理由を次のように主張する。
 難民条約における「難民」の定義は「人種、宗教、国籍、特定の社会集団への所属、政治的意見を理由に、自国にいると迫害を受ける恐れがあるという十分に理由のある恐怖を有するため国外に逃れた人」である。

 国家間の紛争から逃れたウクライナの人々は条約上の難民に当たらず、難民として保護されない。廃案になった改正案には、紛争避難者を「補完的保護」の対象とする規定があり、難民に準じた扱いを可能にする。この「準難民」と認定されれば定住資格などの保護が受けられる。

 そのうえで古川禎久法相は4月の記者会見で「法務省としては、同法案(注・廃案となった改正案)の一部のみを取り出すのではなく、現行法下の課題を一体的に解決する法整備を進めてまいる所存です」と発言、準難民制度の創設だけでなく、元の改正案で問題とされた条項も併せて復活させることを示唆した。

 ▽難民申請中でも送還

 改正案はどのような“問題条項”を含んでいたのか。主な点をおさらいしておく。

 現行法では難民認定の手続き中は送還が停止されるが、改正案はこの規定を取り払って3回目以上の難民申請者の送還を可能にする。

衆院法務委で答弁する古川法相

 これに対してUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が「重大な懸念」を表明するなど国際的にも強い批判の声が上がった。

 廃案が決まった後の昨年9月、東京高裁が言い渡した判決は注目に値する。東京入管は難民不認定を通知したスリランカ人原告について、裁判を起こす時間的猶予や外部との連絡機会を与えないまま、通知の翌日早朝、強制送還した。高裁はこれを「裁判を受ける権利を侵害し憲法違反」と断じた。

 国側は、原告が難民認定制度を乱用していると主張したが、判決は、乱用かどうかも含めて裁判所が判断するべきで、司法審査の機会を実質的に奪うことは許されないと一蹴した。難民認定申請者の保護・救済を求める場を広く認めようとする趣旨と受け止めるべきで、3回目以降の難民申請者を送還してしまうなら、申請回数という外形的理由だけでその機会を奪うことになる。

 国は上告せず判決は確定した。改正案を再上程するのなら、司法判断を無視するのに等しい。

 また改正案が、退去強制命令を拒否した場合、刑罰を科すとしたことも、重大だ。

 「難民鎖国」の日本では、本来、難民と認められるべき人が認められていない。国に戻れば命の危険があると訴える人や、子どもが日本で育っている人、祖国には生活基盤がないといった人たちは、命令が出ても帰国できない。こうした人たちが犯罪者となる。刑期を満了して出所しても在留資格がない状況は変わらない。再び入管施設に収容される。そこでまた帰国を拒否して刑務所に送られる…。昨年の国会審議で参考人を務めた児玉晃一弁護士は「身体拘束の無限ループに陥る」と警鐘を鳴らす。

 改正案に反対の声が強まる中、名古屋入管に収容されていたスリランカ人女性の死を巡って、入管当局の常識をはずれた非人道的な対応が明らかとなったことは記憶に新しい。批判が噴出、法案は成立断念に追い込まれた。

 ▽真の狙いどこに

 もともと出入国在留管理庁(入管庁)は法改正を必要とする理由を、国外退去処分を受けた外国人の収容の長期化を解消するためと説明していた。しかし、この状況は入管側が東京五輪に向けて、収容と送還の方針を強化したためで、自ら招いた結果だった。

 その後、コロナ禍で施設内の過密状態を避けなければならなくなり仮放免が活用された。長らく千人を超えていた収容者は、昨年末には百人台にまで減った。

 その時点で改正する理由は失われていた。そこにウクライナ戦争が勃発する。入管庁は改正案の中にあった「補完的保護」に着目、前面に押し出した。

 だが、UNHCRの国際的保護に関するガイドラインでは、戦争避難者も難民と認定され得る。人道配慮も含めれば、現行法で保護は十分に可能だし、実際にウクライナの人たちは厚く保護されている。

 日本が「難民鎖国」と言われるのは、難民条約の「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖」という要件を厳しく解釈して、迫害する側から個別に把握されたり、特に狙われたりしなければ難民と認めてこなかったからだ。これを「個別把握説」と呼ぶ。

 実は改正案にある「補完的保護」の規定も、相変わらずこの考え方を踏襲している。従って保護の対象は広がらない。ならば入管庁の本当の狙いが別にあることは明らかだ。さらなる難民迫害と評価するしかないような制度改悪がそれであり、「火事場泥棒」と批判されるゆえんだ。

 迫害から逃れ日本で助けを求めているのは、ウクライナの人だけではない。

 ミャンマーの軍事クーデターを受けて、入管庁は昨年5月、緊急避難措置を打ち出した。ミャンマーの情勢不安を理由に日本での在留を希望する人に対して在留や就労を認めるとともに、難民認定申請者については「審査を迅速に行い、難民該当性が認められる場合には適切に難民認定し、認められない場合でも、緊急避難措置として在留や就労を認める」とした。

 ▽保護の切り捨て

ミャンマー・マンダレーで、軍政に対する抗議デモに参加した若者や僧侶ら=2月1日(AP=共同)

 あれから1年、保護されるべき人は保護されたのだろうか。

 ミャンマー人の難民申請を多く扱う渡辺彰悟弁護士によると、3000~3500人とみられる申請者のうち結論が出たのは500人程度という。そのうち難民と認定されたのはわずか32人しかいない。「迅速な審査、適正な認定には程遠く、緊急避難措置とは言いがたい。ウクライナの人たちが保護されることによって、ミャンマーの人がいかに救われていないかが露骨に表れた」  

 難民と認定されるか否かの判断の遅れは、結論が出ていない人たちの生活を苦しめている。

 カチン族の40代の女性ルルさん(仮名)は改正案が成立すれば送還対象となる。3回目の難民申請中だからだ。父が軍事政権と戦う武装組織カチン独立軍(KIA)の将校で、14年前、迫害を恐れて日本に来た。現在は非正規滞在で仮放免なので、働くことは禁じられ、健康保険にも入れない。非正規の場合は難民申請の結果が出るまでは、緊急避難措置は適用されないからだ。

 昨年9月、新型コロナウイルスに感染して高熱が出た。保険がないので自宅で我慢し続け、最後の最後に渡辺弁護士に助けを求めた。渡辺弁護士が事務所から119番通報して救急搬送されたが、その際も「救急車を呼んだらいくらかかるの」とお金を心配していたという。

 ルルさん自身はこう振り返る。「救急車で運ばれた後、急に息ができなくなって酸素の機械を付けた。すごく苦しかった。もうあと少し1人で家にいたら…。私は死んでいたかもしれない」

 生還したが、厳しい状況は続く。「生きているけど、いつ捕まるか、明日のことがわからない。前は何になりたい、何がほしいという気持ちがあった。でも長い間何もできなかった。いまは、それを考えることが苦しい。人間じゃないみたい。みんなに迷惑をかけていて。本当は私がいろいろしてあげないといけないのに」

 1年たっても適用されない「緊急避難措置」は、ルルさんにとって何の意味もない。ウクライナから避難した人の保護という美名に紛れ込ませた「問題条項」がよみがえってしまえば、彼女のような立場にある人はさらに追い込まれる。

 法改正によって保護の切り捨てを作りだしてはならない。

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