メロディ・ガルドーが語る、フィリップ・バーデン・パウエルと2人きりで作り上げた“Intimate”な作品

5月20日に約2年振りのニュー・アルバム『オントレ・ウー・ドゥ』をリリースしたメロディ・ガルドー。

ラリー・クラインのプロデュースでスティングとの共演も大きな話題を呼んだ前作『サンセット・イン・ザ・ブルー』ではヴィンス・メンドーザによる華麗なオーケストレーションがサウンドの核となっていたが、今回は打って変わってフィリップ・バーデン・パウエルが弾くピアノとのデュオというミニマルな編成による作品となっている。

現在ヨーロッパ・ツアー中の彼女だが、その合間にインタビューに応じてくれ、アルバムや自身のインスピレーションについて語った模様をお届けする。

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<Youtube:Melody Gardot, Philippe Powell - À La Tour Eiffel

Q:前作はLarry Kleinがプロデュースでしたが、今回は自分でプロデュースされたのですよね?

メロディ・ガルドー (以下M): ええ、今回はその必要を感じなかった。とてもintimateなプロジェクトだったから。たとえば、あなたと恋人のベッドルームに、第三者を招き入れることを想像して。複雑な状況になっちゃうでしょ?もしくは面白くなるのかもしれないけど。今回は私とフィリップ(・バーデン・パウエル)の間のintimacy がすべてだった。

素晴らしいサウンドエンジニアのDennis Caribaux…彼はフランスのアル・シュミットよ…がついてくれた。私たちは”何かになる必要”もなかったし、何かを証明することが目的じゃなかった。どちらかと言えば、写真に撮られる被写体のようなもの。私たちが誠実に一緒に書いた曲を、なるべくピュアな形で録音したかっただけ。

私にとってプロデューサーが必要なのは、自分を越えた部分で何かを”加えたい”と思う時だけ。たとえば、ドラムが何層にも重なった曲をやるとか、何人ものミュージシャンが参加する時は、誰が最適なミュージシャンなのかをプロデューサーが考える。

特にリモートでやる場合は、一定のアプローチが必要になってくるわ。でも今回のようなデュオ、もしくはソロの時もだけど、プロデューサーは必要ない。レコーディングを終えたら、スタジオを出て、サブで自分たちの演奏を聴き返した。時には私一人で、という時もあったわ。私も15年以上レコードを作ってきて、その間に多くのことを学び、誰の力がなくても判断を下せるまでに、スタジオの仕事もわかるようになったのよ。

Q:先程、ビル・エヴァンスの名前が出ましたが、あなたはフィリップのことを「ブラジルのビル・エヴァンス」と呼んでいるという話を聞きました。

M:(笑)

Q:彼は前作でも参加していましたよね? そもそもの出会いは?

M:ミュージシャン同士、色んな所で遭遇するものよ。フェスティバルで、訪れた街で、誰かのディナーで…。親しくなるわけではないにしても、彼のことも昔から知ってはいたの。

『サンセット・イン・ザ・ブルー』がまだ完成する前、私はパリにいた。フィリップもパリにいることは知ってたから、連絡先を探したの。「ゼア・ホエア・ヒー・リヴズ・イン・ミー」(前作収録曲)を書いてくれていたから、彼にも参加してもらいたくて。すでにアンソニー(・ウィルソン)、ジョン(・レフトウィッチ)、ヴィニー(・カリウタ)たちでトラックはできていたけど、ピアノの要素を”隠れた宝石”みたいにちょっとだけ加えられたらいいなと思った。

それで、この曲と「ユー・ウォント・フォーゲット・ミー」に参加してもらった。その時が初めてだったわ。で、アルバムのプロモーションをパリ中心にやることになり、バンドが必要だった。メンバーはアメリカから出られなかったので、初めていつものメンバーじゃないバンドを作ることになり、フィリップに声をかけたの。彼なら歌も歌えるし、演奏もできる。しかもパリにいる。タイミングが合ったということ。

<Youtube:Melody Gardot, Philippe Powell - This Foolish Heart Could Love You

Q: 彼は「ディス・フーリッシュ・ハート・クッド・ラヴ・ユー」のように、往年のジャズ・スタンダードのように美しいメロディを持つ曲も今回作曲しています。作曲家としての彼の魅力についても教えていただけますでしょうか。

M:彼のメロディ・センスは私と似ていると思う。直感的に感じるというか、それは恋に落ちる時の直感とも少し似ているんだけど…一人の子が遊び場で他の子に「私はコーラが好き」と言うと「私もコーラが好き」「じゃあ、私たち友達ね!」と言うようなもの(笑)共通点があると相手との距離が縮まるの。

フィリップとはメロディが楽曲の中でいかに重要かという認識が一緒。あと、彼の書く曲、演奏する時に用いるヴォイシングが本当に美しくて、偉大なジャズピアノの素晴らしさのすべてを、繊細さと共に備えている。セロニアス・モンクというよりはもっと洗練されてて、左手には(ブラッド・)メルドーが聞こえるし、ジャレットの広大さ、サティのシンプルさが聞こえることもある。

まさに正統的なジャズであり、それは私の影響と同じなの。色彩という意味でも同じよ。でも彼の方が私よりもずっと適応力があるのは、私はよりコンポーザー的だけど、彼はよりミュージシャン的だから。彼のフランス系ブラジル人(Franco Brazilian)としての感性もとても感じるわ。右手からはジョビンのような謙虚でシンプルなプレイが聞こえることもあれば、西欧クラシック音楽の歴史的な系譜を感じることも、ブラジルのルーツもある。

それが彼をリズミックなプレイヤーであり、作曲に関する広い視野を持つコンポーザーにたらしめているわ。お互いにすごく近いジャンルの、似た音楽を好んできたことがわかったから、二人が一緒に組んだのはまるで“ディナーを一緒に作ろうと決めても、メニューを話し合う必要もなかった、好きなものが一緒だったから” というのに似ていたの。

Q:そんな中で1曲、フィリップの父であるバーデン・パウエルの名曲「プレリュードのサンバ」も収録されています。この曲をあなたとフィリップが選ばれた理由は?

Samba Em Prelúdio (Un Jour Sans Toi)

M: フィリップの方が正しい答えをしてくれるでしょうけど、私としての考えを言うわね。フィリップには「もし私にカバーしてほしい曲、もしくは一緒にカバーしたい曲があったら教えて」と言っていたの。2ヶ月間考えた末に彼が選んだのは、クロード・ルルーシュ監督『男と女』の「あらがえないもの」だった。オリジナルも続編も見て、本当に大好きな映画だったし、フィリップとも歌いたかったので、ぜひやりたいと言ったわ。

あの曲の作者であるピエール・バルーはフィリップのお父さんがパリに来た時に最初に助け、仕事をした人だった。私は「アルバムでお父さんへのオマージュがいい形でできるのならしたい」という話も彼にしていたわ。バーデン・パウエルの音楽には私もインスパイアされてきて、15年後の今、息子である彼とやっているのだもの。だからお父さんへの感謝の気持ちを示したい、とね。そこでフィリップが選んだのが「プレリュードのサンバ」だった。

これはバーデン の曲だけれど、それをピエール・バルーがフランス語でもやっていたの。なので、今回のフランス系ブラジルというアルバムの系譜を考えた時にもぴったりだと思った。ピエールのフランス語の歌詞を今回初めて聴き、とても気に入ったわ。こういった静かで、控えめなミュージシャン同士のやり取りによるデュオって、なかなか聴くことがないと思う。ブラジル語とフランス語は、とてもよくマッチする言語ね。英語以上であることは間違いないわ。フランス語にはchochoterというのがあるの。囁くように発音する言葉よ。日本語にもあるかもしれない。それが曲の色合いにとても合うの。

<Youtube:Melody Gardot & Philippe Powell - Plus Fort Que Nous (Lyric Video)

Q: 9曲目の「オデ・トゥ・エヴリ・マン」ではメロディではなく詩を読まれ、そこにフィリップのピアノが寄り添っていて、アルバムの中でも特にユニークな曲の1つだと思います。この楽曲はどのようにして生まれたのでしょうか?

<Youtube:Ode To Every Man

M: 人生すべてが試行錯誤だから、私にとって、詩を書くこともその一つなんだけど。これまでに書いた詩のいくつかをフィリップに見せたの。あの詩は数年前に書いたものよ。あそこで私が言葉を使って伝えたかったことは、音を通じて、表現するべきなように思えた。紙の上に書かれた言葉のインパクと、音では違うという意味でね。それで、あの詩を選んだのよ。とても興味深い実験だったわ。

最初はハービー(・ハンコック)とレナード(・コーエン)の”The Jungle Line”みたいに、詩のバックに曲があって、グルーヴするのを試していた。でもスタジオで試したものを聴いて「曲ではなく、イメージを作りたい」とフィリップに言ったの。そうして紙にランダムなことを書き留めた。DespairとかBlueとかdiagonalとか… とりとめのない言葉の羅列よ。あの紙はどこへ行っちゃったかしら。彼に私の思いを伝えるGPSのようなものね。

それを頼りに、フィリップは鋭角的、幾何学的なアプローチで弾いてくれた。マイクのトラブルがあって2〜3テイク取ったけれど、選んだのは中でも一番”strangeな”テイクだったわ。それが言葉が何をなせるか、という意味で一番うまく行っていたから。少しブコウスキー風というのかしら。曲がなく、否が応でも歌詞を聞かされることになるのが、とても美しいというか…ある種の対話。壁に絵の具を投げつけているかのような…そこには意図があり、悪びれずに投げつけることのエネルギーそのものに美しさがある。とても楽しめる経験だったわ。

聴くと、そこにはたくさんの感情がある。歌う行為から、話す行為に変え、自分の声をジャッジしなければならず、わからなくなったこともあった。そういう時はエンジニアに「今はどうだった?」「いいと思う」「じゃ、それで決まり」で決まったの(笑)。

Q:『サンセット・イン・ザ・ブルー』の時のインタビューで、あなたは「自粛生活期間中に、もっと「愛」のことを歌う必要を感じた。今、一番必要なのは愛だって思った」と仰っています。今回のアルバムも「愛」が大きなテーマとなっていると思いますが、今も前作の時にお持ちだった心境をお持ちでしょうか?

<Youtube:Melody Gardot - Sunset In The Blue (Visualiser)

M:このパンデミックで人間が学んだのは、健康が必要不可欠だということだった。でも愛が基本だということは変わらないわ。それだけ。

Q:先日ビデオが公開されたグラン・コール・マラードとのコラボレーションといい、先ほど話されたスティングとの曲といい、このところ、新しいあなたの音楽スタイルを聴くことができて我々はとても幸せなのですが、現在思い描いている次の作品のイメージなどはあるのでしょうか?

<Youtube:Grand Corps Malade & Melody Gardot "Souvenirs manqués" (CLIP OFFICIEL)

M:それはないわ。このアルバムは5月20日に出たばかり。これからツアーが始まるわ。生まれた子供が歩けるようになったなら、また何か考える。今はまだわからない。

Q:先日始まったツアーの映像を幾つかSNSで拝見しました。本当にステージを楽しんでいる様子がとても伝わってきました。久しぶりのツアーだと思いますが、今の心境をお聞かせいただけますか。

M: 今はホテルにいるわよ(笑) 11時にはチェックアウトしなきゃならないのに、まだ何もしてないの。ツアーは全然グラマラスなものじゃない。スーツケースに“洗濯してきれいなもの”と“汚いもの”を二つに分けて詰め込んで、洗顔剤は100ml以下にしないと飛行機を吹き飛ばす気だろうと思われてしまう(笑)

ライヴの後ホテルに戻って、寝て、起きて、次の日にはもう発っている。ツアーのそういう部分は楽しくないけれど、バンドが音楽を通じて、深い部分で一つになれる時は楽しいわ。またこうしてツアーができるのは嬉しいことよ。昨日もストックホルムで楽しめたわ。今夜はハンブルグに行き、少しブレイクをとった後は6週間、そして9月から12月までもツアーが続くわ。ツアー中、MUJI(無印良品)が私の頼りなの!

Q:先月からパリの「La Hune」で個展が開かれているそうですね。写真に本格的に取り組むことになった時期やきっかけについて教えていただけますか?

M:子供の頃からよ。母が写真家だったので、彼女が撮る様子を見ていた。ちなみに今回のは共同展なので、そのことだけは言っておくわね。Florence Larbyの写真も2点飾られている。La Huneに「Florenceという知り合いの写真家の写真がすごくいいから展示すべきよ」と私が持ちかけたの。La Huneのことは昔からよく知っていて…サン・ジェルマン・デ・プレのカフェ・ド・フロールのすぐ裏にあって、私もお気に入りでしょっちゅう行っている。

マイルス・デイヴィスの写真とか古い車とか飾ってあるキュートな小さなお店よ。Florenceの写真を展示する話が進み、打ち合わせをしていたら、私が撮ったポラロイド写真を見たお店側から「合同展にしては?」と言われ、それでやることになったというわけ。元々はレコードスリーヴ用の写真として撮った写真だったの。カメラで撮って現像して…というのは好きだけど、アルバムでやるにはコストがかかりすぎる。それでシンプルなものをInstax (チェキ)の正方形のフォーマットで撮ったのよ。使わなかった写真が残っていて、ある夜、すごくクリエイティヴな気分になってそれに色を塗ったりして遊んだの。

ギャラリーはそれを気に入ってくれたというわけ。なので、Florenceの写真と共に、9月まで展示されているわ。あと、レコードの限定ボックスセットも作ったわ。250枚限定のアートボックスよ。

Q:音楽で表現することと、写真で表現することは、違うものですか?それとも似ている?

M:写真を撮る方がずっと楽よ。シャッターを押せばいいんだもの(笑) 音楽の場合、曲を書かなきゃならないから、時間はかかる。その差ね。

(通訳:丸山京子)
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■アルバム情報

メロディ・ガルドー&フィリップ・バーデン・パウエル

『オントレ・ウー・ドゥ』
2022年5月20日(金) 世界同時発売 UCCM-1268 SHM-CD ¥2,860(tax in)

CD購入&デジタル配信はこちら→https://melody-gardot.lnk.to/EntreeuxdeuxPR

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