大阪地裁でアスベスト飛散の懸念 最高裁が不適正施工「主導」か

大阪高裁や地裁、簡裁が入る合同庁舎の法廷でアスベスト(石綿)含有が疑われる「白い粉」が見つかった問題をめぐり、同地裁は5月末に「不検出」と公表。中断していた工事も順次再開している。しかし、法違反の可能性も浮上しており、一連の対応は拙速で安全軽視といわざるを得ない。(井部正之)

アスベスト(石綿)の疑いがある「白い粉」をめぐり不適正な対応が続く大阪地裁などの入る合同庁舎(2021年7月、井部正之撮影)

◆耐震補強の振動で飛散?

発端は5月17日午前10時過ぎ、合同庁舎本館4階の大阪地裁の410号法廷で机や椅子の上にうっすらと白い粉じんが積もっているのを利用者から指摘されたことだ。同日午後8時過ぎの発表によれば、建物の耐火被覆に石綿が使用されていることから、同じ空調系の本館4階から6階西側の法廷などについて利用を停止。法廷を変更するなどして対応した。

同地裁は19日、粉じんが発見された410号法廷内やドア1つ挟んだ廊下、同じ空調系の6階610号法廷内の3カ所で前日夕方に実施した空気環境測定の結果、(石綿以外も含む)繊維の濃度が空気1リットルあたりで定量できる下限(0.5本)を下回っていた(定量下限値未満)と公表。そして27日、法廷内で採取した白い粉じんなどから「アスベストは検出されなかった」と安全宣言。その後粉じん対策として4階の法廷すべてで天井裏の清掃を開始した。今週中にも完了して、工事を再開するという。

しかし、一連の対応は拙速といわざるを得ない。石綿の調査や安全確認が十分とは言い難いのだ。

問題となったのは5階で実施している耐震補強工事だ。これは鉄骨のはりに地震の揺れを低減する「制震ブレース」を設置するもの。ところが真下に当たる4階の410号法廷の天井裏には、耐火被覆としてアモサイト(茶石綿)を含むけい酸カルシウム板第2種「タイカライト」が使われていた。一部は関連工事で3年前に除去していたというが、今回施工した鉄骨にはこの石綿含有建材が残されていた。

取り付け作業では、15.5センチメートルの床コンクリートに鉄骨の幅で5メートルほど電動丸ノコで切れ目を入れ、電動工具の「コンクリートブレーカー」で破砕。鉄骨を露出させた。鉄骨の突起物は電動丸ノコで切断した。コンクリートの破砕に2日、突起物の切断に1日かかった。直接は石綿含有建材を触っていないというのだが、その建材がある鉄骨に相当な振動を与える作業が3日間にわたって続いたことになる。真下の階で石綿を含む粉じんが飛散してもおかしくない。

◆別の試料で“水増し”

すでに述べたように、同地裁が実施させた空気の測定では石綿は検出されず、定量下限未満だった。

ところが同地裁総務課に確認したところ、試料採取をしたのはコンクリートを破砕する「はつり作業」から2日後、切断作業から1日後(5月17日午後5時から7時ごろ)だった。石綿の飛散があっても作業中や直後ならともかく、丸1日も経過していたら建物の空調によって拡散・排気されてしまい、よほどの特殊事情がないかぎり、まず検出などされない。ふつうの分析機関の技術者なら誰でも知っていることである。

また室内の測定では、誰一人立ち入らないようにして静穏状態にして測定している。欧米では、ほうきで掃いたり、大きな扇風機のようなブロアを回しっぱなしにしてほこりを立てつつ測定(試料採取)するが、日本では採用されていない。そのため、室内を利用している際の飛散状況とかい離した測定データになってしまっているのだ。

石綿の調査・分析に詳しい専門家は「作業時に飛散していても、1日も2日も後の静穏測定では検出なんてされません。絶対知っててやってますよ。安全宣言したいだけですから」と指摘する。

法廷内で見つかった白い粉じんの分析はどうか。こちらも5月27日の発表で、410号法廷内の粉じんから石綿は不検出とされた。

だが、実際には分析できていないのだ。

じつはそのことは公表されている。5月19日に同地裁は「量が微小であるため、判定することができない」と報告を受けたことを発表している。同地裁によれば、机上に1.2平方メートル程度うっすらと白い粉じんがたい積していたが、現場で対応した職員がちり紙で拭き払ってしまった。そのため試料採取の際には「薄く白い粉が残っている部分を養生テープなどで採取するしかない状況だった」という。

それで分析できず、「天井裏のほこりを含めて、成分分析調査を続行している」と前出の発表で明かす。つまり適切な試料採取ができず、2つの試料を混合したのだ。

これらの分析では国際標準である2種類の光学顕微鏡を組み合わせた分析法「JISA1481-1」を採用していると同地裁は説明する。ところが、ここにも疑問があると前出の専門家はいう。

「この分析法では微量でも石綿の有無を判定できます。ほかの試料と混ぜるのはあり得ない。どの試料の分析結果かわからなくなってしまいますから」

◆天井裏清掃で石綿対策なし

さらに、こうも指摘する。

「微量の粉じんの分析は粒子を1粒ずつひたすら顕微鏡で観るので難しく、きちんと分析できるところは少ない。それに1試料だけでなく、何カ所も調べないと安心できないと思います」

法廷内の粉じんが「微小で判定できない」以上、多量の別の試料を混ぜたところで元の微量の試料の分析が困難になることはあっても容易になることは、人の目で観察する顕微鏡分析の特性上、あり得ない。実質的に“水増しした”天井裏にたい積したほこりを調べただけにすぎない。

天井裏のたい積粉じんは単独で分析もしており、同じく石綿「不検出」だった。これは白い粉じんが確認された場所の真上にある照明器具を取り外し、その枠や溝にたまるほこりを採取したものだという。その約40センチメートル上に石綿含有の耐火被覆があったことから直近の分析となる。

重要な試料ではあるが、これにも微量分析の難しさがつきまとう。たまたま分析したものに石綿が含まれていなかったこともあり得る。だからこそ丁寧な調査が必要なのだ。法廷内に落下したものかどうかはっきりしない天井裏の実質1カ所の試料を調べただけで石綿「なし」と判断するのは早計といわざるを得ない。空気の測定にせよ、粉じんの分析にせよ、現状では安全宣言をするだけの十分な裏付けがそろっているとは言い難い。

ところが同地裁は、粉じん発生の原因について「耐震改修の1期工事で発生した粉じん」と「日常的に発生した粉じん」が天井裏にたい積し、真上の5階における工事の振動で「照明器具の枠に設置されたすき間(排気口)から落下した可能性が高い」と結論づける。もはや石綿は無関係というわけだ。

しかも4階各法廷の天井裏に一切石綿を含む粉じんが存在しないと勝手に拡大解釈。石綿対策なしに天井裏の清掃を開始した。

日常的だったり過去の耐震補強の施工で上から落ちてくるほどの粉じん発生があるのは認めた。以前の耐震補強は部屋の端で実施されたものだが、今回は直近のうえ、石綿含有の耐火被覆がある鉄骨に直接コンクリート破砕の振動を何日も与えるものだ。より近く、より振動の大きいとみられる今回の施工「だけ」からは(おそらくは石綿を含む)粉じんが発生しないとの結論は無理が過ぎよう。

おまけに410号法廷の天井裏を実質1カ所だけ調べただけで4階の法廷すべての天井裏に石綿粉じんが一切存在しないとの判断は安全軽視も甚だしい。

◆法違反の可能性「認識」か

こうした筆者の指摘に対して、同地裁は耐火被覆に「劣化はない」と主張。また前述の調査結果から「他の法廷の天井内において、粉じんが見つかった場合でもアスベストは含有していないと判断できるため、成分分析等の調査は実施しない」と強弁する。

合同庁舎本館は1974年竣工。当時の施工であれば、すでに50年近い。耐火被覆の石綿含有建材について商品名で製造時期などを調べたところ、少なくとも施工から35年以上経過していた。

老舗の石綿除去業者は「非常に柔らかい、もろい建材なので、経年劣化や施工で角が取れたり破損したりなんて珍しくない。よく調べたら細かな破片なんていくらでも見つかるはず。何十年も経ってたら落ちてないなんてまずないですよ」と指摘する。

実際に別の階でこの耐火被覆が「ボロボロだった」との情報もある。今回施工したところだけ「劣化はない」など、さすがにあり得ないだろう。

同地裁によると今回の清掃は、照明器具を撤去して、手の届く範囲だけ実施するという。ところが使用するのは石綿の清掃に用いる真空掃除機だった。実質的に天井裏に落ちている可能性のある石綿の除去を目的としているといわざるを得ない。

同地裁も「念を入れた対応なのはそのとおり」と単なる粉じん対策でないことを認める。当然ながら労働者の石綿ばく露の可能性も認識しているはずだ。

こうした対応は労働安全衛生法(安衛法)石綿障害予防規則(石綿則)や大気汚染防止法(大防法)違反の可能性がある。

天満労働基準監督署は「清掃で労働者を臨時に就業させる場合、石綿含有の保温材などが劣化などによって発散するおそれがあるとき、保護具や作業衣などを使用させなければならない」と説明する。

また石綿則や大防法の施行通知やマニュアルで、天井裏に吹き付け石綿などがある場合に天井板を撤去する際には、届け出のうえ、外部に石綿が漏れないようプラスチックシートによる隔離養生のうえで場内を減圧し石綿を除去する(負圧除じん)装置を稼働させつつ実施するよう求めている。これは今回のけい酸カルシウム板第2種も対象である。

指導監督権限を持つ大阪市環境管理課や同監督署もそうした指導をしている。あくまで石綿の除去工事における規定であり、今回のように除去をともなわない場合は対象外だ。ただし、耐火被覆まで約40センチメートルと狭いため、清掃中に背中や腕などが触れてしまうことも考えられる。その際に少しでも建材の一部が落ちたりすれば、「除去」に該当することもあり得ると市と同監督署は認める。

◆最高裁が不適正施工を主導か

環境省大気環境課は「掃除をどう捉えるかもあるが、作業範囲にある耐火被覆の飛散のおそれがあるのであれば、特定粉じん排出作業に当たる」との見解だ。

だからこそ、そうしたグレーゾーンの作業では安全側に立って、上乗せ的な石綿のばく露・飛散防止の対応が求められる。そうした対応が「望ましい」ことは市と同監督署も認めている。

今回の施工は法違反となる可能性があるだけでなく、それを認識の上、そのギリギリを狙った脱法行為ともいえ悪質である。

この間取材してきたのは大阪地裁総務課だが、じつは工事の発注者は最高裁事務総局だ。同地裁は基本的にすべて最高裁に問い合わせて回答しているのだという。つまり、最高裁が法違反の疑いや脱法性を認識のうえ、安全軽視の対応を主導していることになる。

施工における石綿対策は事業者の義務であり、裁判所は基本的に責任を負わない。不適正な作業を承知のうえで事業者に押しつけることになる。元請けの飛島建設は「詳細についてはお話できない。発注者に聞いてほしい」(広報室)という。測定や分析を担った分析機関2社も「守秘義務があり、お話できない」などと回答した。

この間裁判所では何度も石綿を飛散させる事故が起きている。2015年の東京高裁や地裁などが入る合同庁舎における問題でも当初段階で法廷内の「白い粉じん」や空気の測定で石綿が検出されず、その後飛散が明らかになった。2018年に再び東京高裁などの合同庁舎の機械設備工事で飛散した際は、はつり作業を「油圧式」に変更して改善している。同年最高裁では、上階で耐震補強工事をしていてその下の大法廷で石綿飛散が発覚した。それらの事例とそっくりだ。今回またも同じ問題が繰り返されているとしか思えない。

最高裁では作業をしていない大法廷でモニタリングを継続したからこそ飛散も明らかになったしその後の対策につながった。今回の大阪地裁などの入る合同庁舎では本館4階では飛散防止どころか測定もしない以上、今後の工事再開で石綿が飛散してもその把握すらされないことになる。

事故の教訓とはなんだったのか。あるいはだからこそ、今回は不十分な調査と作業や現場の実態を無視した形だけの原因究明でごまかそうというのか。徹底した再調査のうえで改めて安全側で清掃やその後の耐震補強工事における石綿対策について計画を見直す必要があるはずだ。

この合同庁舎では今後も数年にわたって耐震補強が続く。最高裁が不適正工事を主導したといわざるを得ない今回の問題は、今後もずさんな石綿対策を繰り返す宣言となるのか。

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