埼玉立てこもり事件 報道陣に笑顔でピースの男は10年前の『立てこもり』を後悔していた。出所からわずか2カ月、なぜ再び?

埼玉県川越市のインターネットカフェ立てこもり事件で、身柄を確保された長久保浩二容疑者(奥右)=22日午前3時27分

 埼玉県川越市のインターネットカフェに立てこもり、逮捕監禁容疑で現行犯逮捕された長久保浩二容疑者(42)。移送される警察車両の中では顔を隠すこともなく、両手でピースサインをしておどけた表情を見せた。人質立てこもり容疑で逮捕されるのは2回目。前回は約10年前で場所は愛知県豊川市だった。当時の事件の公判では、動機をこう語った。「前科者で立場が弱く、社会への不満を発信する手段として考えた」
 ただ、その一方では「実際はあまり影響力がなかった」と後悔も口に。服役し、春に出所してからわずか2カ月。再び立てこもったのはなぜか。(共同通信さいたま支局)

 ▽開いたドア、死角から突入

立てこもったインターネットカフェ「快活CLUB川越脇田新町店」=22日午前1時52分、埼玉県川越市

 6月22日未明、現場となったネットカフェ「快活CLUB川越脇田新町店」は緊張に包まれていた。埼玉県警捜査1課で立てこもり対応に当たるチームのメンバーが「鍵付き完全個室」を銘打ったスペースのドアをじっと見つめていた。男は、2畳程度のこのスペース内に、女性店員を人質に立てこもっていた。
 県警によると、男はこのネットカフェの個室を21日午前から利用。午後10時ごろ、隣の個室に女性店員が清掃に来た際、カッターナイフを手に押し入り、鍵をかけて出てこなくなった。

 インターホンなどで説得に当たる捜査員に「うるせー、このやろー」などと時折、興奮した様子を見せ、「ぶっ殺すぞ」と声を荒らげる場面もあった。
 捜査員が慎重に説得に当たる中、男は水や食べ物を要求した。事件発生から約5時間が過ぎた午前3時17分ごろ、ドアが開いた瞬間、死角に潜んでいた捜査員が一気に突入。男を制圧して逮捕した。人質の女性店員は軽傷を負ったものの、命に別条はなかった。

 約1時間後の午前4時半、埼玉県警で待機していた報道陣に容疑者の氏名が伝えられた。「長久保浩二」の名前を目にしたベテラン記者は、興奮した様子でつぶやいた。「この名前、見たことあるぞ」
 10年前にも愛知県豊川市の信用金庫で人質をとって立てこもり、実刑判決を受けていた男だった。

 ▽信金立てこもり

 10年前の2012年11月22日午後2時17分ごろ、事件は愛知県豊川市の豊川信用金庫蔵子支店で起きた。男は女性客の首にサバイバルナイフを突き付けながら入店、信金職員を含めた5人を監禁して人質にした。「総理大臣をすぐ辞めさせろ」「報道機関を呼べ」などと、政治的な意図を感じさせる要求を繰り返した。

豊川信用金庫蔵子支店の2階窓から店内に突入する、愛知県警捜査1課特殊班の捜査員ら=2012年11月23日午前2時49分、愛知県豊川市

 約13時間後の23日午前2時45分ごろ、愛知県警の捜査員らは2階の窓ガラスをバーナーで焼き切って開け、店内に突入する。男が1階のソファでうたた寝していた隙に、一斉に飛びかかって身柄を確保した。
 この事件の動機は、公判の中で明らかになっている。被告人質問では、以前に別の事件で刑務所に服役した経験に触れた上で「刑務による更生や、国の外交に不満があった」と述べた。

 

立てこもり事件のあった豊川信用金庫蔵子支店を調べる愛知県警の捜査員ら=2012年11月23日午前10時12分、愛知県豊川市

 その上で、動機を「前科者で立場が弱く、社会への不満を発信する手段として『籠城』を考えた」と語った。
 立てこもりの前例として、1979年に大阪市で起きた三菱銀行北畠支店人質立てこもり事件に関するネット動画を見て、事件を企てたことも明らかになった。
 公判の中では、社会への不満や世間への問題提起を語った。その一方、自分の事件を振り返って「実際はあまり影響力がなかった。もっと違う形で表現できたと思う」とも口にしていた。
 名古屋地裁豊橋支部は、懲役9年の判決を言い渡した。判決理由では「支配欲や自己顕示欲を満たすための動機で、身勝手極まりない」と指摘している。判決は2013年に確定した。

 ▽出所2カ月あまり、所持金14円

 服役した長久保容疑者は今年4月、刑期を終えて出所。捜査関係者によると、埼玉県内で建設関係の仕事に就いた。だが、寮の関係者は県警に「最近は姿を見ていない」と説明。事件を起こした時点では、仕事を辞めていたとみられる。

 ※送検時の動画はこちら

  https://www.47news.jp/video/kyodo-sokuho/7953385.html

送検のため埼玉県警川越署を出る長久保浩二容疑者=23日午前9時

 事件の1週間ほど前からは、ネットカフェを転々として生活していたという。利用していた個室には包丁を持ち込んでいた。入店後は食事も注文していたが、所持金はわずか14円。料金は後払い方式で、普通に退店できる状況ではなかった。
 捜査関係者によると、今回の事件を起こした動機をこう供述している。「自分の人生に嫌気が差した。死刑や無期懲役になりたかった」
 ただ、ある捜査幹部は記者にこうつぶやいた。「金も底をつき、事件を起こせば刑務所へ戻れると思ったのだろうか」
 (取材・執筆は新為喜詠、大森瑚子、櫛部紗永、岡田篤弘)

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