「しばらくペットを貸してほしい」というお願いに感じた違和感 飼い主や消費者の中にもなお残るモノ感覚【杉本彩のEva通信】

愛犬「でんじろう」を抱く杉本彩さん

80代の義母が私にこう尋ねた。「ペットを貸してほしい、そんなこと言うなんておかしいよね?」と。なんのことか話しを聞いてみると、大半を海外で生活しているご近所の人が、時々しか日本に戻って来ないため、ペットを飼うことができないのだという。でも動物が大好きだから、日本にいるときはたまに貸してほしい、そうお願いされたそうだ。立ち話をしていた流れからそんな話しになったのだろうが、義母は「信じられない」と、呆れ果てた様子だった。

その様子から察すると、軽いジョーダンではなく、けっこう本気でお願いされたのかもしれない。ペットをモノのように扱うのは、悪質な繁殖・販売事業者に限ったことではない。消費者や飼い主もまた、悪気なくモノとしか思えないような扱いをしたり、その存在を軽視しているように思うことがある。ましてや世の中には、一般消費者に向けたレンタルペットという事業もあるくらいだ。消費者は、なんの疑問も持たずに「癒されたい」「楽しみたい」という目的で、動物をまるでDVDか何かのようにレンタルする。

なので、もし私が「ペットを貸してほしい」とお願いをされたとしても、義母のように驚くことはなかっただろう。ペットが置かれている現状と消費者や飼い主の問題を山のように見聞きしてきたから。「ああ、世の中はまだまだこういう意識なのかぁ」と、がっくり肩を落としながらも、Evaのミッションにいっそう情熱を注ぐだけだ。

しかし、そのような現状を目の当たりにした経験がなく、私の愛犬や愛猫を孫のように愛情深く可愛がりサポートしてくれる義母には、到底考えられない驚きの感覚だったのだろう。

ペットはモノですか

動物は好きだけど、その「好き」は、ジュエリーや車などのモノ、エステや趣味などの癒し、人によっては、ほとんどその同一線上にあるのだろうと感じることがある。もちろん、本人はそれを自覚していないので、自称「すごい動物好き」であることも多い。けれど、ペットと暮らす真の価値やそのマインドは、やはりその人の言動に表れるものだ。ペットが家族や伴侶のように、地位ある存在と認識していれば、そんなお願いは到底できないと思う。たとえば自分の我が子や孫を「貸してほしい」と言われたらどう思うか、ということである。

一方、動物の命を尊び、深い愛情と責任を飼い主さんから感じることもある。以前、動物病院で偶然お会いしたご夫婦だ。高齢の犬を抱っこした年配のご夫婦が、待合室で診察の順番を待たれていた。行政の動物愛護センターから譲り受けた保護犬だと教えてくださった。別の病院で深刻な病気ではないと言われていたのに、見る見るうちに悪化し、途中でおかしいと思い病院を変えて、見当違いな治療を受けていたことに気づかされたそうだ。

「ご縁をいただきお預かりした大切な命なのに、私が至らないばかりに、この子に辛い思いをさせてしまい、本当に申し訳ない。最初からこちらに来ていれば、この子にこんな負担をかけずに済んだと思うと、本当に申し訳なくて、、、」と、涙ながらにお話してくださった。悔いる切実な気持ちが痛いほど伝わってきた。

言葉を話さない動物と暮らしていると、そのような経験をする人も少なくない。私も昔、同じような経験があり、その時の後悔の苦しみがとてもよくわかる。たくさんの看取りを経験し、時を経て今思うことは、人間はそんなに完璧ではないということだ。なかなか思うようにいかないことも多い。あまりに痛々しい自責の念を抱くその方に、どうか自分を責めないでほしいと、伝えずにはいられなかった。なぜなら、そんな奥さまを静かに見守るやさしそうなご主人の膝の上には、安心して抱っこされているワンちゃんがいて、どれだけご夫婦に愛されているかが伝わってくるから。その子にとって、これ以上の幸せはないはずだ。

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「もらってあげる」という里親への違和感

私は、「いただいたご縁」や「お預かりした命」という、この方の命に対する謙虚さにたいへん感銘を受けた。里親になりたいと希望する人の中には、「もらってあげる」という感覚の人もいると聞く。そういう姿勢が見えると、善良で慎重な動物愛護団体は譲渡しないので、「せっかくもらってあげようと思ったのに」という態度で、揉めることもあるのだとか。

当然かもしれないが、その人にとって動物がどういう存在であるかはさまざまだ。家族であることもあれば、人によっては家族以上の存在であることもある。とはいうものの、やはり日本の民法や刑法では、動物は「モノ」という位置付けだ。動物愛護管理法では「命あるモノ」とされているが、それでも「モノ」であることに変わりはない。なぜなら、動物愛護管理法は、そもそもの目的が動物の命を保護する法律ではないから、保護するときも所有権の壁に打ち当たり、保護が困難を極めるし、保護できないことも多い。

そんな中、市場ではペットが商品として並び、その背景には命の乱繁殖や大量生産・大量流通があり、結果、不良在庫として遺棄や廃棄という残酷な扱いをされてきた。

人々が、動物の命に対して謙虚な姿勢であるためには、動物ビジネスの在り方、動物に対する扱いを変えていかなければならない。そのためには、「動物はモノではない、感受性ある生命で、人間と同じく感覚ある存在」だということを法律にも示し、動物福祉や保護に関する法整備も必要だと思う。(Eva代表理事 杉本彩)

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 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。  

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