ジャスティン・ビーバーが顔面麻痺を公表、「ラムゼイ・ハント症候群」どんな病気?【脳科学者が解説】

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ラムゼイ・ハント症候群とは、顔面神経麻痺を生じる病気の一つです。顔面神経麻痺の他、めまいや耳周辺の帯状疱疹などの症状が起こる理由と治療法、何より大切な予防法について、わかりやすく解説します。

ラムゼイ・ハント症候群とは……顔面神経麻痺を生じる病気の一つ

私たちが喜怒哀楽の感情を出す顔の表情は、顔から首にかけて左右それぞれ30種類以上ある「表情筋」を動かすことによって生み出されています。そして、表情筋の動きをコントロールしているのが「顔面神経」です。 顔面神経の線維は、脳の中の脳幹の一部から発して、耳のすぐ下にある頭蓋骨の穴から外に出ていき、枝分かれして頭から首にかけての各所にある表情筋に到達しています。顔面神経は、別名「第7脳神経」とも呼ばれます。 この顔面神経が何らかの原因でうまく働かなくなると、私たちは表情筋をコントロールすることができず、顔の表情を作り出すことができなくなります。 顔面神経は左右一対あり、それぞれ左右の表情筋をコントロールしているので、左の顔面神経がダメージを受けると顔の左半分の表情が出せなくなり、右の顔面神経がダメージを受けると右半分の表情が出せなくなります。このような状態を「顔面神経麻痺(がんめんしんけいまひ)」と言います。 顔面神経麻痺を生じる病気は多数ありますが、そのうちの一つが「ラムゼイ・ハント症候群」で、全体の10%くらいを占めています。

ラムゼイ・ハント症候群の原因……ウイルス感染による帯状疱疹の一種

「ラムゼイ・ハント症候群」という病名は、1907年にアメリカ・ニューヨークのコーネル大学医学校の医師ジェームス・ラムゼイ・ハント(James Ramsay Hunt)が、Journal of Nervous and Mental Diseaseという学術誌に報告したのが最初であることに由来しています。 少し短くして「ハント症候群」と呼ばれることもありますが、まったく別の「トロサ・ハント症候群」(E・トロサとW・E・ハントが最初に報告)という病気も知られているので、正確に区別するためには「ラムゼイ・ハント症候群」と呼ぶ方が好ましいでしょう。 みなさんは、「みずぼうそう(水疱瘡、水痘)」や「帯状疱疹(たいじょうほうしん)」という病気は何となく知っているかと思いますが、ラムゼイ・ハント症候群は、その仲間です。水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella zoster virus、略してVZV)の感染によって起こります。 幼い子供のころに、VZVに初めて感染し、発熱や全身に水ぶくれができるのが「みずぼうそう」で、みなさんの中にも罹ったことがあるという方もいらっしゃるでしょう。健康なお子さんであれば、時間経過とともに全身にできた水ぶくれはかさぶたへと変化し、VZVに対する免疫が獲得されて、自然に症状は治まります。 しかし、一度VZVに感染すると、症状の上では完治したように見えたとしても、一部のVZVは体の中の神経節などにひっそりと潜んでいます。 健康で免疫力が高い状態を保つことができれば、このVZVは一生隠れたまま悪さをすることはないのですが、大人になって体調不良や疲れ、ストレスなどにより免疫力が低下したときに、この潜んでいたウイルスがここぞとばかりに再活性化して、痛みを伴う赤い発疹や水ぶくれが帯状にできるのが、「帯状疱疹」です。 帯状疱疹が耳にでたケースは、とくに「耳性帯状疱疹」と呼ばれ、難聴・めまいや耳周囲の水ぶくれ、顔面の麻痺などを伴います。これこそがラムゼイ・ハント症候群です。つまり、ラムゼイ・ハント症候群は、帯状疱疹の一種なのです。 ですから、みずぼうそうに罹ったことのある人は、どの年代の人でもラムゼイ・ハント症候群を発症する可能性があるということです。ただし、実際に、ラムゼイ・ハント症候群を発症する人は、人口10万人あたり約5人と少ないです。 また、「周りにうつるのか」が気になる人もいると思います。VZVは非常に感染力が強く、空気感染することもありますので、帯状疱疹の一種であるラムゼイ・ハント症候群を発症した方が近くにいれば、原理的にはVZVに感染する可能性があります。とくに、免疫力が低下している方は要注意です。 しかし、過去に水ぼうそうに罹るか水痘ワクチン接種を受けることでVZVに対する免疫が獲得できている方は、心配する必要はありません。

ラムゼイ・ハント症候群の症状・顔面神経麻痺やめまいが生じる理由

ラムゼイ・ハント症候群の特徴的な症状は、耳周辺の帯状疱疹(発赤、水ぶくれ)と顔面神経麻痺です。これらが生じる理由は、顔面神経のつくりを知っていると理解できますので、やや専門的になりますが、より詳しく解説しておきましょう。 顔面神経(第7脳神経)の細胞体は、脳の中の橋と延髄の境界部にある「顔面神経核」に分布していて、そこから発した神経線維は、頭蓋骨の内側に空いた「内耳孔」という小さな穴に入り、内耳孔につながった頭蓋骨の空洞部を通過して、内耳道に向かいます。 このとき、顔面神経線維が内耳孔を通過して間もなくのところには、頭蓋骨の空洞部が少し大きめに広がっていて、その中で神経線維はコブ状の節を形成しています。顔面神経線維が「膝」のようにカクッと曲がって走行することで節を形成しているので、「膝神経節」と名付けられています。 内耳道の上部(天井部)と下部(底部)の間には、「顔面神経管」という水道管のような構造があり、顔面神経線維はこの骨管の中を通って内耳の下部に到達し、耳たぶの後下あたりにある側頭骨の茎乳突孔という出口から頭蓋骨の外に出て行きます。 そして、上述したように、そこから、枝分かれして頭から首にかけての各所にある表情筋に到達しています。 子供のときにみずぼうそうに罹り、口の中の粘膜からVZVが逆行性に侵入、あるいは血液を介してVZVが顔面神経の「膝神経節」に到達した場合、見かけ上みずぼうそうが治っても、VZVはそこに潜伏し続けています。そして、後になって再活性化すると、私たちの体がそれに抵抗しようとして炎症反応が起こります。 内耳の中を顔面神経が通っている「顔面神経管」は非常に細い(内径が1mm程度)ので、炎症反応に伴って神経線維が腫れると、神経が圧迫されて麻痺が生じます。その状態が長く続くと、顔面神経は変性し、失われてしまいます。 また、炎症を起こしている神経管は内耳に位置しているので、その周囲にも炎症反応が波及して、耳が赤く腫れたり、痛みや難聴、めまいなどが生じるのです。

ラムゼイ・ハント症候群は治るのか? 治療法・予後

ラムゼイ・ハント症候群の実体は、ウイルスの再活性化とそれに伴う炎症反応ですから、治療には、抗ウイルス薬やステロイド薬が使われます。 ステロイド薬には、強い抗炎症作用がありますので、炎症に伴う神経損傷を食い止めることが期待できます。たとえばプレドニゾロンという薬を最初は比較的高用量で与え、10日間くらいかけて少しずつ量を減らしながら投与していきます。重症の場合は、耳に直接注射することもあります。ただし、ステロイド薬はウイルスには効きません。 抗ウイルス薬は、再活性化したVZVの増殖を抑制するために用いられます。VZVはDNAウイルス(遺伝情報としてDNAをもつウイルス)なので、DNAを構成するヌクレオシドに類似していてDNA合成を阻害する薬などが有効です。 たとえば、一般的に帯状疱疹の治療にも用いられるアシクロビルやバラシクロビルなどが帯状疱疹に準じた量で投与されます。 ただし、これらの薬物治療はできるだけ早く始める必要があります。ラムゼイ・ハント症候群は、一般に予後が不良であり、初期から十分な薬物治療を行っても、治る割合は60%程度にとどまり、顔面神経麻痺やその他の後遺症が生涯にわたって続いてしまうことが少なくありません。 炎症が進行して神経が破壊されてしまってからでは遅いですし、抗ウイルス薬は新たに起こる増殖を阻止するだけで、すでに増えてしまったウイルスを消滅させるわけではないからです。麻痺発症後、1日も早く、できるだけ早い時期に治療を開始することが大切です。

ラムゼイ・ハント症候群の予防法……成人も含め水痘ワクチン接種が有効

上述のような薬物治療は、顔面神経麻痺が先行した場合は早期に開始しやすいです。しかし耳の痛みや赤い腫れなどの症状が先行した場合は、早期にラムゼイ・ハント症候群と判断することができず、手遅れになってしまうケースも少なくありません。したがって、発症しないように予防することが重要です。 そのためにまずは、みずぼうそう(水痘)に罹らないよう、幼少期のワクチン接種は欠かせません。以前は任意接種でしたが、2014年からは定期接種化されて水痘の発症率が減少していますので、望ましい方向にあると評価できます。 一方、すでに水痘に罹ったことのある成人においては、体内に潜伏しているVZVが再活性化しないようにすることが必要です。成人になってから水痘ワクチンを接種することで、免疫能を強化することも有効な予防法の一つと考えられます。 帯状疱疹やラムゼイ・ハント症候群の予防という観点から、成人における水痘ワクチンの定期接種化が望まれるところです。

阿部 和穂プロフィール

薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。

(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))