アーセナルの「7番」を着用した8名、最高から最悪

イングランド・プレミアリーグで固定背番号制になったのが1993-94シーズン。それからアーセナルで7番を着用したのは8名だ。

今回は『Planet Football』から「アーセナルで7番を着用した選手のランキング」をご紹介する。

8位:ネルソン・ビバス

アーセナル所属:1998~2001年

1998年にボカ・ジュニオルスからアーセナルに加入したアルゼンチン代表ディフェンダー。当時はナイジェル・ウインターバーンとリー・ディクソンがいたため、バックアップとしての立場になった。

3シーズンにわたってプレミアリーグを戦ったものの、出場したのは40試合。スタメン出場は18回だけだった。1999-20シーズンの半分はセルタ・デ・ビーゴに貸し出されており、2001年にはインテルへとフリーで移籍している。

7位:ヘンリフ・ムヒタリャン

アーセナル所属:2018~2019年

2018年1月にアレクシス・サンチェスとのトレードという形でマンチェスター・ユナイテッドから加入してきたアルメニア代表の快速アタッカー。デビュー戦では3アシストを記録するなど活躍を見せたものの…。

ウナイ・エメリ監督の下では継続的に信頼されず、最終的には主力から外れることに。2019-20シーズンにはローマにローン移籍し、そのまま完全で買い取られていった。

6位:ケヴィン・キャンベル

アーセナル所属:1988~1995年

80年代終盤から90年代中盤にかけてアーセナルの前線でプレーしたストライカー。プレミアリーグが固定背番号制になってから初めて「7番」を着用した選手なので、94年からということになる。

1993-94シーズンには公式戦19ゴールを記録、カップウィナーズカップ優勝にも貢献した選手だ。しかしその後デニス・ベルカンプの加入でポジションを失い、ノッティンガム・フォレストへと移籍しているので、7番での活躍はほとんどない。

5位:デイヴィッド・プラット

アーセナル所属:1995~1998年

ケヴィン・キャンベルから7番を受け継いだのがデイヴィッド・プラットだった。バーリ、ユヴェントス、サンプドリアでプレーしたあとでアーセナルに加入し、2年間レギュラーとして活躍。1996-97シーズンにはパトリック・ヴィエラとのコンビも冴え渡った。

ただモナコからエマニュエル・プティが加入してからは出場機会が減少してしまい、1998年の夏に退団。ノッティンガム・フォレストに選手兼監督として移籍している。

4位:ブカヨ・サカ

アーセナル所属:2018年~

彼が4位であるという理由は、まだキャリアの初期段階であるからというものに尽きる。まだ20歳でありながらも100試合以上に出場していることを考えれば、今後このランキングで1位になる可能性は高い。

アーセナルのアカデミーで育った彼はミケル・アルテタ監督の下で様々なポジションをこなし、2021-22シーズンには間違いなくチームMVPといえる活躍を見せた。

3位:アレクシス・サンチェス

アーセナル所属:2014~2018年

アーセナルでの3シーズン目を迎えるにあたって、アレクシス・サンチェスは17番から7番に変更した。そして2016-17シーズンは24ゴール10アシストと大活躍を見せ、FAカップ優勝にも貢献している。

その後は一気にパフォーマンスを落として2018年1月にマンチェスター・ユナイテッドへと移籍。その後は低迷を続け、なかなか復調を見せることがなかった。

2位:トマーシュ・ロシツキー

アーセナル所属:2006~2016年

ボルシア・ドルトムントから2006年にアーセナルへと加入したロシツキー。優雅なプレーから「マエストロ」と呼ばれた攻撃的MFは、長い間クラブのファンから愛される存在だった。

常に怪我の問題に悩まされていたものの、多くの印象的なゴールとアシストで貢献。2014年にはライバルのトッテナムを相手に記憶に残るシュートを叩き込んだ。

1位:ロベール・ピレス

アーセナル所属:2000~2006年

もちろんアーセナルの歴史上最高の7番はロベール・ピレスだ。2000年にマルク・オーフェルマルスが退団したあと、マルセイユから26歳の長身ウインガーが加入した。

【写真】Jリーガーも!「10年前の巨大ゲームで超使えた」”アーセナルの天才”11名

6年の所属中には2003-04シーズンの「無敗優勝」に貢献するなど、絶対的な左ウイングとして活躍。サイドにポジションを取りながらも非常に得点力が高い、時代を先取りしたような選手であった。

© 株式会社ファッションニュース通信社