「猟奇的な彼女」 MRTや首都圏鉄道も登場、インドネシア風のアレンジが楽しい 【インドネシア映画倶楽部】第41回

My Sassy Girl

韓国の大ヒット映画リメイク版、再び。日本では草彅剛主演でドラマ化された「猟奇的な彼女」。韓国の本家版とインドネシア版の違いを見比べたり、ジャカルタの身近な場所がロケ地になっているのを見るのも楽しい。

文と写真・横山裕一

自由奔放すぎる彼女に振り回されながらも恋に落ちていく大学生を描き日本でも大ヒットした、初期韓流映画ブームを牽引した作品(2001年)のリメイク版。タイトルも原作の英語タイトルそのままで、お馴染みのストーリーがインドネシア風にどのようにアレンジされているか、比較が楽しみな作品。

有名な冒頭の出会いのシーンは、首都圏鉄道・コミューターラインのスディルマン駅で撮影されている。酒酔いで朦朧とホームから落ちそうな「彼女」シシを大学院生ギアンが助ける。電車に乗り込むもシシは持ち前の正義感で妊婦に席を譲るよう座っている若者に注意する。オリジナル版ではお年寄りの男性のために注意していて、妊婦に代えたのは特に女性に席を優先的に譲る傾向の強いインドネシアならではのアレンジかもしれない。しかし座らせた妊婦に対して、本家版のように「彼女」が嘔吐するわけにはいかず、本作では大学院生ギアンに近寄って嘔吐する。オリジナル版を知っている人は妙なところでドキドキしたりする楽しみもある。

しかし、飲酒の習慣が少ないインドネシアでは、通勤電車内での酔っ払いのシーンは非常に日常とかけ離れた出来事にもみえる。筆者自身、終電間際のコミューターラインにはよく乗るが、酒酔いの乗客は見かけたことがない。コミューターラインはJR東日本の車両の再利用で有名だが、車両自体、酒酔いの乗客に吐かれるのは、日本で活躍していた時以来ではないだろうか、とまで思われる。オリジナル版ではこの後にも酒に酔って奔放に振る舞う「彼女」や登場人物のコメディシーンが随所に散りばめられているが、本作では大学院生のギアンが友人とビールを飲むシーンはあっても酒酔いに絡んだコメディシーンは冒頭だけで、別の形にアレンジされている。それだけに冒頭も思い切ったアレンジがあってもとも思えるが、名シーンだけに外せなかったのかもしれない。

このほかつまらない指摘をすると、スディルマン駅から電車に乗りながら、酔って昏睡したシシを背負って主人公がホテルへ向かうシーンがスディルマン駅周辺で再び撮影されていて、知っている人はニヤリとしてしまうかもしれない。これはコミューターラインやMRT(一部地下鉄の電車)の駅周辺の整備は進むものの、まだ映画撮影に適した都会的な風景が限られているためと思われる。今後、公共交通機関の整備に伴う、「街を歩く都市整備」が進むにつれて、撮影スポットも増えていくだろうことはインドネシア映画ファンには楽しみなことである。

インドネシア版「猟奇的な彼女」の大きな特徴は、オリジナル版と比べると若干お洒落なイメージの作品にみえるところかもしれない。これはジャカルタを舞台としたラブロマンス映画が中間所得者層よりは上の人々のドラマになっている傾向が強いこともある。例えば、韓国では酒を扱う大衆食堂のシーンでも、ジャカルタでは酒を扱う店は概ね経済的に余裕のある人々が集うレストランしかないこと、本作品の物語で有名なアイテムのひとつであるハイヒールもインドネシアでは富裕層のパーティーアイテムで日常的、庶民的なものではないことなどが挙げられる。

社会的状況やアイテムイメージの相違から若干お洒落な分、オリジナル版の下品な笑いやキャラクターの弾けぶりは大人しくなっているが、一方でオリジナル版を意識したような部分もある。主人公の「彼女」シシ役のティアラ・アンディニはテレビのスター発掘番組「インドネシアンアイドル」出身の歌手・女優だが、オリジナル版「猟奇的な彼女」の主演を演じたチョン・ジヒョンにどことなく面影が似ている。インドネシア版チョン・ジヒョンがどこまで表情豊かで自由奔放にスクリーンで活躍するのかも見どころである。また、シシの両親が交際相手に選んだ男性役も非常に韓国人っぽい顔の俳優が起用されていて、配役での遊びぶりがうかがえて面白い。一方、ドラマ後半のキーアイテムであるタイムカプセルとして、オリジナル版とは異なってジャカルタの都会生活者の必須アイテムが利用されているのは「インドネシアの庶民らしさ」が溢れた良いアイデアだ。

また本作品では、前述のコミューターラインやMRTといった鉄道をはじめ、主人公カップルがデートを楽しむタマンミニやスナヤンの運動公園(グロラブンカルノ)など在留邦人も訪れるお馴染みの場所が撮影舞台になっていて身近なドラマとして楽しむこともできる。

作品にも登場する首都圏鉄道・スディルマン駅とMRTドゥクアタス駅を結ぶ高架下

韓国映画のインドネシア・リメイク版は複数あるが、近年ではリリ・リザ監督の「べバス(自由)」(Bebas / 2019年作品)がある。残念ながら筆者は韓国のオリジナル版(「サニー 永遠の仲間達」2011年作品)は観ていないが、日本のリメイク版(「サニー 強い気持ち」2018年作品)よりは内容的にも面白みも上回っていて、さらにインドネシアらしさがふんだんに盛り込まれているように思われた。今回の「猟奇的な彼女」インドネシア版は原作と比べてどう違うのか、インドネシアならではの面白みはどこか、オリジナル版の終盤で話題になったUFOが登場するのかどうかも含めて、是非見比べていただきたい。

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