「差別の恐怖 染み付いている」カネミ油症被害者団体設立の男性 東海での活動困難

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油症対策委員会に初めて出席した東海連絡会共同代表の男性=24日、福岡市内

 54年前の小学生の頃、長崎県五島市玉之浦町でカネミ油症の被害に遭い、現在居住する東海地方で2年前に被害者団体を設立した男性(63)=名古屋市=が24、25の両日、福岡市であった油症関連の会議に初めて出席した。東海地方の都市部の被害者について「差別を恐れる気持ちが染み付いている」と語る男性に、団体設立後の歩みなどを聞いた。
 ダイオキシン汚染の食用油が西日本一帯で販売され、1968年に表面化した油症。症状が悪化した両親は職を探し、一家で名古屋市に移住した。まだ子どもだった男性は歯の病気、手足や顔のしびれ、吹き出物に悩まされ、30代で胃がんと脳梗塞を発症した。
 東海地方は油症の情報が少なく、被害者団体も長年なかった。男性は支援者の助言を受け、2020年6月に全国14番目の地域組織「カネミ油症被害者東海連絡会」を結成。共同代表に就き、特に被害者の子(2世)や孫(3世)ら次世代救済に向け活動する。だが半世紀にわたり救済運動自体が“空白地帯”だったため活動は困難を極める。
 愛知や静岡など東海4県に認定患者は計70人ほど。しかし連絡先を把握できたのは約10人にとどまる。油症検診会場で受診者に声をかけても、関わられることを嫌う人が少なくない。自治体が送る油症検診の封書に団体のチラシも入れてもらい、次世代の受診を呼びかけるのが精いっぱいだ。
 愛知県の被害女性からは「子や孫も体調が悪いが油症の(恐れがある)ことは伝えていない。今更言えない」と手紙が寄せられたことも。男性は、油症への理解が乏しい都市部で孤立して生きてきた経験を踏まえ、こう語る。「都会では油症と明かしても医者にも理解されず、結婚などの差別を恐れて被害者は黙ってしまう」
 24日に出席した油症対策委員会では、全国油症治療研究班(事務局・九州大)による次世代調査の進捗を聞いた。多様な病状に苦しみながらも大半が未認定で医療費補償などを受けられない次世代の被害者たち。「あまりにもかわいそう」と心を痛めるが、会議では救済につながる診断基準見直しの時期などは明言されなかった。「調査するからには早く結果を出してほしい」。男性は語気を強めた。