内政・外政で価値観が捻じれる米国

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宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#26」

2022年6月27日-7月3日

【まとめ】

・米最高裁が50年振りに「中絶は憲法で認められた女性の権利」の判断を変えた。

・問題の本質は自由の国アメリカで、どこまで「宗教的価値を尊重する自由」が認められるか、という歴史的経緯のある問題。

・国内ではリベラル的価値が退潮し、対外的には普遍的価値を叫ぶ。今の米国の内政・外交は「腸捻転」に近い。

今週はG7とNATOの首脳会議がドイツとスペインで開かれ、岸田首相が両方に出席する。日本では参議院選挙の真っ最中だが、その日本の首相がNATO首脳会議に招かれるなんて、一昔前なら考えられなかったことだ。もっとも、韓国や豪州の首相も招かれているので、国際社会の関心が中国にあることは間違いないのだが。

▲写真 G7とインドなど招待国との首脳会合(2022年6月26日 ドイツ・エルマウ) 出典:Photo by Thomas Lohnes/Getty Images

さて、米国での報道はどうかとCNNを見たら、G7関連の報道は少ない。圧倒的に多いのは、50年振りで米最高裁が中絶に関する判断を変えたニュースだ。先週最高裁が、妊娠15週以降の人工妊娠中絶を原則禁止するミシシッピ州法を合憲とし、1973年の「中絶は憲法で認められた女性の権利」とする判決を覆したのである。

社会問題でリベラルのCNNでは「保守派による女性の権利侵害」といった報道が目立つが、問題の本質は「女性の解放」ではない。このことを実感したのが、今CNNで流れている臨時ニュースだ。米最高裁が「公立学校区でフットボールの試合後にチームの監督がフィールドで祈ることを禁じるのは違憲」と判断したのである。

こうした事態は直接的には、トランプ政権が最高裁に3人の保守系判事を送り込んだ結果なのだが、これを単に「トランプの置き土産」と嘆くのも正しくない。筆者の見るところ、この問題の本質は、自由の国アメリカで、どこまで「宗教的価値を尊重する自由」が認められるか、という歴史的経緯のある問題である。

誤解を恐れずに言えば、米国において「人工妊娠中絶」問題は「信仰」の問題である。古くは優生保護法の時代から現在の母体保護法まで、一般に日本では「中絶」を「信仰」や「倫理」の問題とは捉えず、むしろ「社会問題」として扱ってきたのではないか。それが悪いという訳ではないが・・・。

いずれにせよ、今の米国の内政・外交は「腸捻転」に近い。国内ではリベラル的価値の退潮と保守派による宗教的自由の復活が進む中、対外的にはウクライナをめぐり、普遍的価値と力による現状変更反対を声高に叫ぶ。しかも、バイデン政権の外交はオバマ政権時代の「因果応報」だ。詳しくは今週の産経新聞をご一読願いたい。

〇アジア

G7サミットが途上国などへの「インフラ投資を促進する新たな枠組み」の創設で合意、岸田首相は、中国の途上国支援を「不公正で不透明」と厳しく批判したそうだ。

良くぞ言った。中国の「一帯一路」に対抗することを鮮明にした、と報じられた。これまで言えなかったことを日本は漸く言い始めたのだが、個人的には実に感慨深い。

〇欧州・ロシア

露大統領がウクライナ侵攻後初の外遊でタジキスタンとトルクメニスタンを訪問する。報道では「演説の録画放送などが増え、健康不安説や政権内でのクーデター準備説といった臆測が浮上」というが、外遊ができるなら、それほどでもないのか。それとも、憶測鎮静化の苦し紛れの手段なのか。G7とNATO首脳会議は来週コメントする。

〇中東

エジプトで求婚を断った若い女性が白昼堂々、求婚男に路上で殺害される事件があった。同国のジェンダーに基づく暴力の実態を浮き彫りにした、と報じられた。保守派からは「自分の命が大切だと思うなら、自分を求める相手に殺されないよう、完全に覆った姿で外出しなさい」との発言があったそうだが、嗚呼、これがエジプトの実態なのか。

〇南北アメリカ

南部ジョージア州でサンドイッチのマヨネーズの量を巡るいざこざから客が発砲し、撃たれた店員が死傷したそうだ。こうした殺人事件自体、今の米国では大したニュースではない。それにしても、「マヨネーズの量が多すぎる」という理由だけで人を殺せる米国って、一体どういう国なのかね。

〇インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:米最高裁前で、人工妊娠中絶の判断を変えたことに抗議する人々(2022年6月26日、ワシントンDC) 出典:Photo by Tasos Katopodis/Getty Images