伝統とトレンドの文房具メーカー・呉竹 アナログへのこだわりとは

墨づくりは奈良が誇る伝統産業です。奈良墨の始まりは今から1200年以上前、空海が唐から製法を持ち帰り、興福寺で造ったのが始まりとされています。国内の墨のシェアは奈良県産が9割にのぼるといいます。

奈良市内に本社を置く文具メーカー・呉竹では1902年の創業以来、固形の墨をはじめ、墨汁などの書道用具を作ってきました。

この会社では墨づくりの技術を活かし、1958年に墨汁を発売しました。墨をすらず、すぐに使えるという便利さから、教育現場などで幅広く使用されています。墨汁の発売後はサインペンや筆ぺんなど、今では身近になった文房具を生み出してきました。

これまでに多数の商品開発に関わってきた西村真由美さん。西村さんは創業120年の呉竹は、製墨業界の中では比較的新しい会社だと話します。

呉竹 取締役・西村真由美さん
「私達は製墨業界では新参者と思われていると思います。なので新しいことにチャレンジするという、精神というのが生まれたかなと思います。手書きの温かさ、ぬくもり、良さっていうところにこだわり続けてきています。」

呉竹の強みは「トレンドを捉えたものづくり」。その秘訣はユーザーや販売員の声を大切にすることにあるといいます。

なかでも今、力を入れているのは、絵の具やマーカーなどの「アート&クラフト」商品です。これは手紙やイラストなどを描くための文房具のことで、海外でも人気が高まっています。

海外展開は、アメリカなどあわせて80の国と地域に広がっていて、海外での売り上げは、全体の約35%にのぼるといいます。そのほか、ハングルやアラビア文字など、世界の習字に使う筆ぺんも展開。ことし2月には海外展開に力を入れている企業を表彰する、奈良県のリーディングカンパニー表彰を受けました。

そして今後、海外へのさらなる展開を期待しているのはことし2月に発売されたこちらの「お化粧筆ぺん」。なんとアイライナーなんです。

呉竹 取締役・西村真由美さん
「アイライナーを出す前にも筆ぺんをアイライナーに使ってもいいですかというような問い合わせがアメリカから来たこともあるので、お客様の声を聞いてまた欲しいと思われるような愛着を持って使っていただけるような商品を開発していきたいと思っております。」

色は墨を連想させる黒一色。毛先は極細や平筆などの4種類です。筆ぺんの製造工程やノウハウを活かして作られていて、細くて柔らかい毛先は瞼にしっとりとなじみ、筆ぺんに近い書き心地となっています。現在は日本国内のみの販売ですが、今後は海外に向けても販売する予定です。

一方で新たな視点での文具づくりにも挑戦しています。その名もからっぽペンです。見た目はインクも何も入っていないからっぽな状態ですが…。

呉竹 取締役・西村真由美さん
「万年筆のインクを集めているコレクターの方ですね、そういった人たちはたくさん家に使いきれないぐらいのインクがあるっていうのを聞きまして。」

西村さんによりますと、若い人たちの間で今インクが人気だといいます。色によって変わる印象やインク瓶のデザインなどから、その魅力にどっぷりとはまり、SNSを中心に「インク沼」という言葉も使われています。その一方で、集めたインクを使いきれないという声も耳に入ったといいます。そこで目を付けたのは、以前、呉竹がイベントで行っていた「ペン作り体験」です。

呉竹 取締役・西村真由美さん
「物がなんでも手軽に入るようになってきた、"モノ消費"から"コト消費"に、世の中が動いていた時代だったんですが、そのペン作り体験に使っていたペンの部品を、そういった方々に使っていただければ、ご自宅にあるインクをもっと使いやすい筆記具の通常に使えるようなペンにできるのではないのかなっていうので、からっぽペンっていうのが生まれたんです。」

「コト消費」とは体験を楽しむ消費活動のこと。実際にペンを作ってみました。

本田記者
「まずベースとなる色を選んで入れていきます。」

このキットには赤、青、黄の3色のインクが入っていて、配合の割合を変えることで自在に色を作ることができます。

やがてきれいな緑色に!完成したら、インクをからっぽペンの芯に吸わせていきます。そして芯をボディに入れると…ペンの完成です。

本田記者
「すらすらと色が出てきますし、自分のお気に入りの色を、自分で作れるというのもやっぱりいいですね。」

愛着のあるインクを無駄なく大切に使ってほしい。そして、生活を共にするペンを作る楽しさを知ってほしい。そういった願いとユーザーの声が商品に結び付いたといいます。からっぽペンは、文房具店の売り場店員が選ぶ「文房具屋さん大賞2021」で大賞を受賞しました。奈良の伝統産業・墨づくりから始まり、文房具を生み出してきた呉竹。西村さんは、文具メーカーとして、アナログにこだわりたいとも話します。

呉竹 取締役・西村真由美さん
「固形墨から液体墨、液体墨から筆ぺんというふうに開発してきたんですけども、その皆さん最近は逆に便利なものよりも手間ですとか、不便さというところに価値を感じられてると思います。手書きの機会が減少したことで、その手書きっていうことがすごく大切なもの、特別なものになり、皆さんのその自分の表現だったりとかっていうところに使われるっていうところになってきています。手作りの良さっていうところを、弊社はこだわって伝えていこうとしています。」

デジタル化が進み、ほしいものがすぐに手に入る時代だからこそ、あえてアナログに価値を見出す。伝統と新しい感性の融合がヒット商品を生み出しています。

※この記事は取材当時の情報です。

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