<レスリング>【2022年明治杯全日本選抜選手権・特集】世界王者を撃破し、今年は自分が世界王者へ…男子グレコローマン55kg級・塩谷優(拓大)

 

(文=布施鋼治/撮影=矢吹建夫)

 なんという緊張感と殺気だったのだろうか。2022年明治杯全日本選抜選手権の男女30階級の試合の中で1、2位を争う激闘だったと言えよう。

 大会第3日、男子グレコローマン55㎏級の世界選手権代表争いは熾烈を極め、プレーオフの末、塩谷優(拓大)松井謙(日体大)を撃破。初めて世界選手権への出場切符を手に入れた。

緊迫した世界選手権代表争いとなった男子グレコローマン55kg級。塩谷優(赤=拓大)が勝ち抜いた

 塩谷は「プレーオフ(制度)に助けられた」と、ライバルとの連戦を振り返る。「最初(全日本選抜選手権の決勝)に勝っておくべきだったけど、切羽詰まった状況の中で勝てて、よかった」

 昨年、塩谷がアジア選手権で優勝すれば、松井は世界選手権を制した。同年12月の全日本選手権ではアジア選手権と世界選手権の王者同士が決勝で一騎討ち。試合前は激闘になると予想されたが、試合開始のホイッスルが鳴ると塩谷が世界王者になったばかりの松井を圧倒し、わずか1分42秒で11-0のテクニカルフォールを決めた。

 松井にとって、これほどの屈辱はない。自分が塩谷にやられている映像が使用されたSNSを目にすることもあり、唇を噛みながら心に誓った。「絶対にやり返す」

マットに上がったら、「負けたくない、という気持ちが出てきた」

 半年ぶりに塩谷と顔を合わせると、松井は先手必勝とばかりに積極的に攻め込む。塩谷もパーテールポジションの防御をしいられる展開となりながら、すぐ立つなど緊迫した攻防が続いた。それでも、試合のペースを惑わされている感は拭えない。

決勝は松井謙(青=日体大)の意地が上回った

 第2ピリオドになると、松井はニアフォールなどで追加点を重ね、6-1で半年前の雪辱を果たした。今度は塩谷がうなだれる番だった。「松井選手は、同じようにやられないための対策を立ててくると予想していました。実際には、自分が何もできない状況がずっと続く感じでした」

 それから約1時間後、世界選手権代表を決めるためのプレーオフで、再びふたりは相対した。塩谷は「正直、『やってやるぞ』という気持ちは全然なかった」と明かす。

 「やはりどこかで(松井の存在が)嫌だな、と思っていました。でも、マットに上がったら、負けたくないという気持ちが出てきたので頑張ることができました」

 意識して気持ちを切り換えるのではなく、マットに上がれば気持ちも体も勝手に反応する。これぞ“レスラーマインド”か。
 
 今度は塩谷が積極的に前に出て3-0と先制する。しかし、松井も塩谷のリフトを切るなど勝負に対する並々ならぬ執念を感じさせた。第2ピリオド、パッシブから松井がグラウンドで攻める番になると、相手を一度は持ち上げたが、塩谷は松井のグリップを切って逆にバックをとり反撃の機会を与えない。終わってみれば4-1で決勝のリベンジを果たした。

「世界選手権では中途半端なことはできない」

 試合後、塩谷はプレーオフを冷静に思い返す。「明治杯の決勝では最初に点数を取られてしまったので、プレーオフでは自分から攻める気持ちを大事に闘いました」

息詰まるプレーオフは、塩谷(赤)が競り勝った

 松井はやはり最大のライバルだと思うか、という質問をぶつけると、塩谷は意外な一言を口にした。「いや、去年の天皇杯以外は勝ったことがなかったので、ライバルというより格上というイメージを抱いていました。それでも徐々に点差が縮まってきていたので、(天皇杯の前あたりから)そろそろ勝てると思っていました」

 塩谷はまだヨーロッパ圏の選手と組み合った経験がないが(カデットでは一度あり)、松井に勝った現在、「自分も世界王者になれる可能性はある」と胸を張る。

 「去年世界選手権で松井選手がしっかり勝っていたので、自分も勝てると思ってやっていました。松井さんの分もというわけではないですけど、今度の世界選手権では中途半端なことはできないと思っています」

 松井に続き、世界の頂きを極めることができるか。やられたらやり返せ-。

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