中森明菜のデビューアルバム「プロローグ」は “いわゆる普通の17歳” の序章だった  「少女A」や「セカンド・ラブ」のヒットに結びついたと言われる明菜初期の名盤

中森明菜ファーストアルバム「プロローグ」に感じた強烈な力

そのアルバムのA面にレコード針を落とした時の衝撃は、40年経った今も忘れられない。乱れ打たれる激しいピアノのイントロに続いて聴こえてきた「♪かーるくウェーブしてーるー」の歌声は、どこかミステリアスで、心に何かを抱えているように聴こえた。特に、音程が上がる「ウェーブ」の部分は、声が眼前に迫ってくるような衝撃を受けた。

この「あなたのポートレート」から、B面5曲目の「ダウンタウンすと~り~」まで緩急が激しい全10曲を聴き終えた時、私はすっかり楽曲と歌声の虜になり、アルバムが持つ独特の世界観にずーっと浸っていたいと思った。

これが、中森明菜のファーストアルバム『プロローグ』を私が初めて聴いた第一印象だったように思う。聴いたのは私が高校1年の冬で、巷では明菜の「セカンド・ラブ」が大ヒットしていた。世間の多くの高校生と同じく、この曲で私は明菜にハマり、アルバムも順を追って聴いてみようと思ったからだ。

明菜の歌声はラジオや歌番組で聴いていて、「新人にしては歌が上手いな」と感じてはいた。しかし、『プロローグ』の明菜の歌声はシングル曲とは別物で、楽曲の世界に一気に持っていかれる強烈な力を感じた。続けて聴いたセカンドアルバム『バリエーション』も気に入ったが、『プロローグ』のような力は感じず、明菜の歌唱と楽曲のクオリティに惹かれただけだった。この違いは一体何なのか?

… ということで、私が『プロローグ』を聴いて感じた力の正体というか、独自の魅力について分析を試みたい。どうやらこのアルバムには “17歳少女の夏マジック” と呼べる魔法が掛けられ、それが力の源になっていると思うのだ。

アルバムアーティスト・中森明菜として

「明菜の歌姫伝説は、デビューアルバム『プロローグ』から始まった」―― こんな表現が、明菜を語る評論やコラムでよく見られる。デビューアルバムと称しているのは、明菜のデビュー曲「スローモーション」が、アルバムの先行シングルという位置づけのため。明菜は『プロローグ』に収録する全10曲をまずレコーディングして、その中からデビューシングルを選ぶという、アーティストっぽい作品作りをしていたのだ(この辺の経緯は指南役さんのコラム『40周年!中森明菜「スローモーション」にみるデビュー戦略、エースは遅れてやってくる?』に詳しい)。

背景には、『スター誕生!』で史上最高得点を叩き出した明菜の歌唱力を活かしたいレコード会社の思惑があった。明菜のアーティスト性を前面に出して、他の82年デビュー組との差別化を図ったのだ。それが、デビューから1年でシングル4枚、アルバム4枚(ミニアルバム『Seventeen』を含む)という作品量産につながった。

そんな明菜が初めてレコーディングする『プロローグ』には、アイドルが歌うには難易度が高い作品が集められた。作家陣も、2曲を書いた来生姉弟のほかは、アイドルとは縁遠い方々ばかり。ワーナー・パイオニア(当時)のディレクターで明菜を担当していた島田雄三氏は、楽曲のコンセプトを決めてから作家の個性に応じた曲を発注していたらしい。『プロローグ』の制作でも、発売時期と夏休みが重なり、明菜が17歳を迎えたことから、「17歳の少女の夏」のようなコンセプトに沿って楽曲を発注し、テーマ性を持たせたように思う。そんな同世代のリアルな心情を綴った楽曲に、私を含め多くの高校生の心が共振したのではないか。

テーマ性ある楽曲、緩急ある曲順… 心揺れ動かないリスナーはいない!

そして、もう一つのコンセプトは「二面性」である。島田氏は明菜の楽曲を制作する上で、「嘘くさい歌は絶対に作らない。そのためには17歳の少女が持つ表と裏の要素を描く」と考えていた。これが明菜が持つ「ツッパリ、ナイーブ」という二面性と重なり、「少女A」や「セカンド・ラブ」のヒットに結びついたと言われる。

『プロローグ』では、その二面性が “少し背伸びした少女” のモチーフで用いられている。例えばアルバム屈指の美しいスローバラード「イマージュの翳り」では、3歳年上の彼との失恋が歌われる。「見知らぬ世界に気づいたら 少女でいるにはせつなくて」という歌詞からは、大人と子供の狭間で揺れ動く少女の心情が伝わってくる。同じ作家陣による「銀河伝説」も、3歳年上の彼氏との恋に悩む少女を当時流行していた星占いと絡め、リアル感を増している。サビの「星が交わるとき」で跳ね上がる明菜の声が聴きどころだ。B面トップを飾るこの曲はデビューシングルの候補にもなり、際どい歌詞は百恵の性典ソングを彷彿させる。

また、来生姉弟が提供した「あなたのポートレート」と「スローモーション」の2作品は、突然の出会いがテーマ。情景がイメージできるリアルな歌詞が特徴的だ。盗み撮りした写真を眺めては恋い焦がれる少女が、何ともいじらしい。一方、少しツッパリ感を出した「条件反射」や、同棲生活を描いた「ダウンタウンすと~り~」では、ロック調のアレンジをバックに鋭く突き刺さるような明菜のボーカルが印象的。楽曲が描く世界観に応じて歌い方をガラッと変えている点は新人ばなれしていると思う。A面ラストの「Tシャツ・サンセット」もシングル候補だった曲。夕暮れの海岸にたたずむ少女がテーマで、情景が思い浮かぶ。サビでは、ストレートに伸びる明菜の高音が聴けて、何だか切なくなる。

B面の聴きどころは、スローバラード「ひとかけらのエメラルド」だ。幻想的なシンセサイザーをバックに歌う明菜の歌声が素晴らしい。低音域をハスキーぎみに歌う前半と、情感たっぷりの高音で歌う後半とのギャップもたまらない。シンセサイザーによるアレンジも幻想的で、ずっと聴いていたくなる珠玉の一曲だと思う。

こうしたテーマ性がある楽曲の中に、明るいサンバ調の「Bon Voyage」や、血液型占いがテーマの「A型メランコリー」といった曲を幕間のように挟んでいる。曲の順番も緩急が付けられ、リスナーの心も揺れ動いてしまう。

17歳の等身大の少女を歌って呼んだ“同世代の共感”

このように、ツッパリ感を前面に出す前の明菜が、少し背伸びした17歳の少女の夏を、同じ年の自分と重ね合わせるように情感を込めて歌い上げている点が『プロローグ』の価値であり、楽曲の世界に持っていかれる力の源泉のように思う。セカンドアルバムと比べると、『プロローグ』は全体的に明菜の声が伸びていて、素直に歌っている印象が強い。まだ技巧が足りない面も加えて、17歳の少女の歌が等身大で迫ってくるような感覚を覚えるのだ。

そして、「少し背伸びした17歳の少女」のモチーフは、同月に発売されたセカンドシングル「少女A」では “ツッパリ路線” に変化する。それは、少女であることをせつなく思い、年上の彼との失恋、同棲、バカンス、生意気盛りを経験した少女が、“いわゆる普通の17歳” だと自覚し、「似たようなことを誰でもしている」と悟る過程でもあった。そう考えれば「少女A」は、いわば『プロローグ』の11曲目でもあり、二面性を受け入れた曲でもあり、プロローグが終わり、明菜劇場の本編に突入した曲だと言える。

小沼純一氏は著書『発端は、中森明菜― ひとつを選びつづける生き方』のなかで、「中森明菜は、女性の自立、突っぱる女性というテーマと重なり合ったり、微妙にかすったり、あるいは時代の、ほんのわずかの先だったり、というところを歌っていました。だから共感を得ることができた~」と述べている。これはまさに、17歳の等身大の少女を歌って同世代の共感を呼んだ明菜初期の名盤『プロローグ』にも通じる話だろう。

参考文献
■ ヒットソングを創った男たち~歌謡曲黄金時代の仕掛人 / 濱口英樹(シンコーミュージック 2018年)
■ 発端は、中森明菜― ひとつを選びつづける生き方 / 小沼純一(実務教育出版 2008年)
■ 中森明菜はなぜ「かけがえのない存在」であり続けるのか 小倉ヲージ氏の証言とともにライブ映像を振り返る (リアルサウンド 2020年)

カタリベ: 松林建

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