学校教育の中で子どもに育んでいかねばならない力とは 教員ら、最新の知見とESDの交差点探る

全国の教員が子どもたちの未来に向けて、ESD(Education for Sustainable Development)と呼ばれる「持続可能な開発のための教育」を小中学校から高校、大学、そして社会人へと引き継いでいくことの重要性を確認するフォーラム「第3回 ESD Teacher’s Camp」が、今年2月に開催された「サステナブル・ブランド国際会議2022横浜」であった。「教員と企業が囲むCamp Fire」と銘打つ恒例のプログラムで、「最新の知見とESDの交差点づくり」をテーマに、企業や大学の発表を踏まえ、意見を交換した。そのなかから見えてきた、社会をより良いものにするために、今こそ学校教育のなかで子どもに育んでいかなければいけない力とはどのようなものかを紹介する。(廣末智子)

スピーカー
香川豊・東京工科大学 副学長、片柳研究所 所長、教授
今田誠・日本旅行 ソリューション事業本部 教育事業部 チーフマネージャー
小村俊平・ベネッセ教育総合研究所 主席研究員

航空の課題解決へ飛行機のエンジン開発進める――東京工科大・香川氏

最初の登壇者は、東京工科大学で主に飛行機のエンジンに使われる繊維強化セラミックス複合材料(Fiber-Reinforced Ceramic Matrix Composites、CMCs)の開発を手掛ける香川豊氏。

同氏によると、1903年に登場した世界最初の飛行機は、木と布、つまり「天然の軽量材料」でできていた。それがより多くの人を安全に運ぶため、金属やプラスチック、さらにはその複合材料を使った機体へと変ぼうを遂げ、機体自体はこれ以上軽量化できないところまできている。そこで課題となっているのがエンジンの軽量化や高効率化だ。

地球規模で見た場合、2020年から2040年にかけて世界の航空機需要が年に約5%ずつ増えることを見越し、それに伴って、全体のCO2排出量も右肩上がりに増えていくとする予測がある。現在、これを減らすための方策として考えられるのは、新技術導入か運行方式の改善、新燃料の採用、あるいは市場メカニズムを変えて飛行機を使わないようにすることしかない。このうちエンジンに使われる材料に関する新技術導入の最前線で取り組んでいるのが香川氏ら東京工科大学のCMCセンターということになる。

香川氏によると、高度約1万メートルを飛ぶ飛行機のエンジンの温度は約2000度にも達することから、部品などの材料も当然、耐熱性の高いものでなければならない。この点、セラミックスの複合材料は、耐熱性はクリアしているものの、割れやすいという難点があった。そこで、土壁の中に藁などを埋め込んだ日本の伝統的な家屋の外壁をヒントに、直径15ミクロンと髪の毛よりも細い繊維をセラミックの間に入れる方法を考案し、現在も研究を進めている。6、7年前には米国の航空機用エンジンメーカーによって実用化され、燃費の改善やCO2の削減に効果を発揮しているという。

こうした研究の成果を踏まえ、香川氏は「開発には時間がかかるが、世界に向けて、日本の技術力をアピールし、差別化ができる」と強調。さらに「飛行機でも電車でも自動車でも題材は身の回りにたくさんある。例えば自動車が作られる時、そして走る時にどれだけのCO2を排出するのかといった課題を示し、小学生であれば社会から理科まで子どもの得意な分野からアプローチをすることで非常に面白い教育になる」と述べ、子どもたちにとってより身近なESD教育の重要性を提言した。

新しい発見や行動変容につながる旅行を――日本旅行・今田氏

続いて企業の立場からESDに取り組む日本旅行とベネッセ総合研究所の2社から事例発表が行われた。

日本旅行ソリューション事業本部の今田誠氏は、コロナ禍を経て持続可能な観光産業を目指すサステナブル・ツーリズムの形が模索されるなかで、これからの旅行は「地域の経済、社会、環境への影響を十分に考慮しながら、参加する人にとって、そこでの交流を通じて新しい発見や行動変容につながる取り組みが必要とされる」と強調。

そうした流れに応じて同社の教育旅行も「発地目線から着地目線へと変化し、ますます主体的な学びが前提となる」とし、宮城県松島町で東日本大震災からの復興について学んだり、SDGsの先進都市である京都でフィールドワークを行い、自分の地域との比較を通して学習を深めるためのワークブックを制作していることが報告された。

中学、高校の修学旅行先として人気の沖縄や石垣島では海洋プラスチック問題を取り上げ、実際にビーチクリーン活動を通して拾ったペットボトルを繊維に変え、それをTシャツや雑貨にアップサイクルして生徒に渡す取り組みをしている。

「生徒にとっては環境問題を改めて深く考え、自分事として捉える機会になっている。これからも訪問地域の人々との交流を促して生徒に多くの学びや共感を与える教育事業を目指す」

生徒のウェルビーイング実現の鍵は「エージェンシー」――ベネッセ・小村氏

一方、ベネッセ教育総合研究所の小村俊平氏は、「これからの学校の役割とは何か?-2030年の新しい学校像を探して-」と題して問題提起した。

日本の15歳の生徒の学力は、OECD加盟国の学習到達度調査(PISA)で科学的リテラシーが2位、数学的リテラシーが1位、読解力は11位と、世界でもトップクラスにある一方、幸福感を感じる生徒は加盟国の平均を大幅に下回り、「困難な状況でも解決を考えられる」という回答も最下位にある。

さらに日本、インド、インドネシア、韓国、ベトナム、中国、イギリス、アメリカ、ドイツの18歳を対象に日本財団が行った意識調査で、「自分で国や社会を変えられると思う」と回答したのは18.3%と圧倒的に低く、「将来の夢を持っている」のも60.1%で最下位だった。

これらを踏まえ、小村氏は、「日本の課題は知識やスキルではない。私たちが気にかけるべきは、一人ひとりが学ぶ目的や意欲を持てているか、あるいは生徒がどう社会とかかわり、ウェルビーイングを実現していくかにある」と主張。そんな問題意識を解決に導く一つのキーワードとしてAgency(エージェンシー)という言葉を挙げた。

エージェンシーとは何か。小村氏は、その定義を「日本語にするのは難しいが、簡単にいうと、自分達の身の回りの社会をより良いものにしていくために問題意識を持ち、責任を持って行動し、変革を起こす力のことだ」と説明する。

同氏は、世界50カ国の人たちが、2030年の社会を見据えた「新しい資質・能力」について話し合うOECDのプロジェクト、「OECD Education 2030」のフェーズ1(2016〜2021)に参加した経験があり、そこで2030年の教育の目標をウェルビーイングと定める過程でこの言葉が話題に上ったのだという。

「一人ひとりが頑張るだけではなく、みんなで共同エージェンシーを発揮していくことが大事。そのためには新たな価値を創造する力、責任ある行動を取る力、対立やジレンマを克服する力の3つが大切になる」

3氏の発表を踏まえ、参加者らはグループに分かれて意見交換。会場やオンライン上のあちこちで現場の課題を共有し、企業や大学、行政関係者らも交えて対話が弾む光景が見られた。

最後に、全体のファシリテーターを務めた横浜市立日枝小学校校長(当時)の住田昌治氏は、「小村さんからエージェンシーの話が出たが、子どもに言う前に、教師であるわれわれがそうであらなければならない。実は教師エージェンシーが重要なんじゃないか」と指摘。「子どもたちが社会に出た時に本当に持続可能性を享受できる、ウェルビーイングな社会を実現していくために今日の出会いを大切に、つながりを深めて新しい教育をつくっていこう」と呼びかけてセッションを終えた。

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