近代日本の文壇の奇才が一堂に会する「起雲閣」―華字メディア

© 株式会社 Record China

2022年6月25日、日本華僑報網は、日本を代表する文豪に愛されてきた静岡県熱海市の「起雲閣」の訪問記を掲載した。以下はその概要。

6月の3回目の週末に、熱海にある起雲閣に行ってきた。ここは「海運王」と称された内田信也が1919年に建てた、日本の伝統的な建築と大正ロマンに満ちた庭園からなる別荘だ。

入場券を購入する際に「起雲閣」という名前の由来について訪ねたところ、売り場の女性は申し訳なさそうに「わからない」と答えた。また、受け取ったパンフレットにも記載はなかったし、ウェブサイト上でも説明は見つからなかった。唐の詩仙・李白や宋の詞人・辛棄疾が「起雲」という言葉を作品中に用いていることを思い出したので、ここの名前も中国の古典から取ったものではないかとの大胆な推測を立ててみた。

内田が多大な心血を注いで建てた「起雲閣」だったが、わずか10年で「鉄道王」の根津嘉一郎に接収された。根津は財力に物を言わせて20人の庭師を雇い、20万トンの巨石を運ばせで洋館を建てた。これにより庭園は「和洋折衷」の趣を見せるようになった。その後、日本の衆議院議員の手中に渡り、さらに観光会社の資産となるも、観光会社が破産したことで熱海市が引き取って現在に至っている。

「起雲閣」には「文豪の間」と呼ばれる「初霜の間」があり、ここで太宰治、三島由紀夫、舟橋聖一、武田泰淳、谷崎純一郎が滞在、執筆する様子を撮影した写真を見ることができる。また、「春風の間」は尾崎紅葉が、「松風の間」は坪内逍遥がそれぞれ創作を行った部屋とされている。

太宰の代表作「人間失格」がここで書かれたことを知り、市ヶ谷駐屯地で自殺した三島由紀夫は簡単に「右翼」という2文字で説明できるものではないことを知る。「司馬遷」評論を著した武田泰淳の中国文学に対する深い造詣には感服した。日本の文壇は綺羅星の如く輝き、百花咲き乱れている。そしてまた、奇才ぞろいなのである。(翻訳・編集/川尻)