「放蕩息子」に処刑された、北朝鮮軍下士官の叫び

北朝鮮の刑事訴訟法356条は、裁判の1審判決に対して被告人は上訴でき、検事は抗議することができると定められている。いずれも日本でいう控訴を指す。これは民間人の裁判に適用されるもので、軍人の場合は別の法律をもって裁かれることになっているが、同様の制度があるようだ。

実際、暴行致死事件で起訴された軍人が1審判決に不満を持ち、上訴を行った。ところが、その結果は意外なものとなった。詳細を、デイリーNKの朝鮮人民軍(北朝鮮軍)内部情報筋が伝えた。

話の主人公は、軍保衛局(旧称保衛司令部)の営倉管理部のキム分隊長だ。彼は1年前、酒を飲んで新兵に暴行を振るい、死亡させた容疑で逮捕された。その後、6ヶ月間の予審(逮捕前の証拠固めの段階)を経て、殺人罪で無期教化刑(懲役刑)が言い渡された。

判決に不満を持った彼は、上訴を行った。それに対して、軍保衛局と軍事裁判所が20日、判決を下した。死刑だ。その理由は次のようなものだ。

「殺人者の上訴は不可能だ」
「殺人を犯して無期教化刑の判決を受けたのに、反省せずに不満を示し、他の戦友を陥れようとしたばかりか、法の執行に問題があると上訴状に書いた」

つまり、被告が「やったのは自分ではなく別の人間だ、判決に問題がある」と訴えたところ、「楯突くとはけしからん」との理由でむしろ刑を重くされてしまったのだ。死刑は判決当日に執行された。

この一連の出来事をめぐり、軍内部で波紋が広がっている。

キム分隊長が真犯人だと訴えていたのは、直属の上官であるチョ副小隊長。かれは、事件の後に慌てて除隊したが、後に中央党(朝鮮労働党中央委員会)の幹部の息子であることがわかったのだ。

つまり、親の地位を利用して自分の犯罪をもみ消し、その責任を部下になすりつけ、口封じのために処刑させたのではないかということだ。実際、軍保衛局の関係者と中央党の家族の間ではこんな話が出回っている。

「実際に殺人を犯したのは中央党の大幹部の息子だったため、かばって代わりに分隊長を捕まえた。上訴状にそれを訴える内容があったため、軍保衛局と軍事裁判所がグルになって、判決をひっくり返して死刑にしたようだ」

軍保衛局は一連の疑惑を否定し、むしろ暴行を諌めていた上官に罪をなすりつけようとしていたと、キム分隊長を非難し、チョ副小隊長を擁護している。ただ、チョ副隊長は軍入隊前から素行に問題があったようで、中央党幹部の家族の間では悪評も聞かれるという。

「子どものころから友だちをいじめて、しょっしゅう司法機関の世話になっていた」

ただ、部下を殺した上で、何の罪もない部下に罪をなすりつけて死に追いやるというとんでもことをしでかしたことで、いくら中央党幹部の幹部とは言え、後始末をどうつけようとしているのかさっぱりわからないとの噂だ。

軍保衛局は「軍事裁判所の判断を尊重すべき」としているが、政治犯を除いては、カネとコネさえあれば、判決も刑期も思い通りに動かせるのが北朝鮮の司法なのだ

この手の、素行の悪いドラ息子の悪事をもみ消すという事件は枚挙にいとまがない。持たざることが罪とされるのが、「万人が平等」をうたう北朝鮮の現実だ。

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