参議院選挙の本当の「争点」⑤雇用

西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)

【まとめ】

・日本経済地位低下の原因は、円安政策、低生産性、遅い企業の意思決定、産業構造変革ができなかったこと。

・「日本的雇用慣行」(新卒一括採用、長期雇用、年功賃金)は変わらざるを得ない。

・解雇規制の見直しと解雇される労働者の職業訓練はセットでないといけない。

日本経済の世界における地位の低下は顕著である。1人あたりGDPなどはOECD各国でも下位に位置し、生産性も低く、企業の競争力は低下。日本経済の問題は根深いと言われている。

▲グラフ 一人当たりのGDP比較 【出典】筆者作成

経済政策がうまくいかなかった原因として、前回も触れたが、まず第一にアベノミクスの円安政策である。株高、企業の収益好調という成果は得たものの、消費者と労働者の犠牲によっていたともいえる。経済学者の野口悠紀雄さんが言うには「日本の製造業は高付加価値製品へのシフトを思うように進められず、韓国や台湾、中国など新興国と価格競争せざるを得ない状況に追い込まれた」中、コスト対策から生産設備の海外移転で国内が空洞化。円安で企業の収益はよくなったものの、「本来行われるべき技術開発と産業構造の転換をせずに、雇用を維持」しただけだった。

第二に、日本経済の生産性の低さである。アベノミクスの生産性革命や働き方改革はそれなりに正しい政策であった。第三に、企業の意思決定の遅さである。何にするにせよ、新規事業の企画や提案をしても、多重の意思決定やリスク回避思考が働き、実行まで至るにも時間がかかるし、旧態依然の人事・組織制度ゆえに進まない。結果、欧米のビッグテックは生まれるわけもなく、破壊的イノベーションやスタートアップも増えず、大手企業や業界地図はあまり変わっていない。第四に、産業構造変革ができなかったことなどである。古い産業は補助金・助成金で延命し、新しい産業への産業構造改革はなかなか進まず、雇用のシフトも行われていない。

今回は、日本経済の最も大事な「雇用」について焦点を当てたい。

□雇用確保は絶対か?

労働組合は雇用を守れ!というが、多くのロスジェネ世代は正社員にもなれていない人も多い。一方、50代のおじさんは「50G」とか「仕事しないおじさんだ」とか言われてしまい、管理職になれず、活躍する場を失い、会社にしがみつき、高い賃金をどうにか確保しようとしている。こうした「皆が不幸な雇用環境」は、日本経済が直面する「問題」であり、真剣に向き合わざるを得ない。

他方、起業、フリーランス、デュアルワーカー、副業、社会起業など新しい働き方も出現している。様々な仕事を掛け持ちする「ポートフォリオワーカー」などが出現し、ロボットやデジタル技術が高度化して雇用を置き換えるくらい発達すると、20世紀型の「雇用確保」という論点、錦の御旗を改めて問い直さないといけないところだろう。注意したいのは、もちろん安心して働けることは絶対に大事だが、雇用への過度な信仰・絶対視はそろそろ冷静に見直すべきだということだ。

その意味で、昭和の成功モデルである「日本的雇用慣行」(新卒一括採用、長期雇用、年功賃金)は大きく変わらざるを得ないだろう。一つの会社にとどまって人生を過ごすという「キャリア」が当たり前でなくなってきたからだ。

□雇用観が違う?各党比較

アベノミクス以来の経済政策を見てみると、賃金は上がっていないが、雇用についてはかなり良かったのも事実である。数値で見ても、失業率は3%以下と成果を残したと言える。

▲表 アベノミクスの成果 【出典】筆者作成

▲表 各党の公約比較 【出典】筆者作成

各党、ほぼほぼ同じようなことを言っている。非正規社員の待遇改善、成長産業などでの雇用増加など各党、現状を抑えている、さすがの公約が並ぶ。

これらを見て、思うのは第1の論点は雇用調整助成金だろう。雇用調整助成金を支払うことで、雇用が維持される面はコロナ禍で大事ではあった。しかし、経営者が雇用再編などをしたがらない世界では非常によい政策ではあるが、反面、雇用の流動化が止まってしまう。まず、雇用調整助成金への意味合い、長期的視野での、必要性など見解を問いたいところである。

□日本型の雇用の焦点:解雇規制

そして、第2の論点は解雇規制である。特に、維新の会は、ジョブ型雇用など踏み込んでいる。「解雇ルールを明確化するとともに、解雇紛争の金銭解決を可能にするなど労働契約の終了に関する規制改革を行い、労働市場の流動化・活性化を促進」とまで言っているところが興味深い。一方、共産党は「解雇の自由化を許さず、解雇規制法をつくります」と言っている。れいわ新選組も同様だ。

民法では雇用契約に期間の定めがない場合、契約の当事者双方は「何時にても解約の申し入れをなすこと」ができ、労働基準法では、解雇を行うには30日前の予告か30日の予告手当を支払えば良いとはなっている。しかし、解雇無効を裁判で争われた場合、9割方は会社が負ける。

「使用者の解雇権行使が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当して是認しえない場合には、権利の濫用として無効となる」という判例法理が多くの裁判例によって確立し、労働契約法第16条に解雇権濫用法理として記された。解雇は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」は権利濫用で無効となる。そのため、日本は最も雇用が難しい国とされたほどだ。

□解雇規制の見直しは職業訓練をセットで

欧米では解雇規制が厳格化すると雇用率は低下し、若年層への影響が大きかったりしている。日本はどうなのだろうか。

その意味で、もっと規制緩和が必要だと個人的には思っている。一度雇った正社員は、なかなか解雇できないし給与を下げることができない。正社員として向いてもない仕事にしがみつき、いやいやながら「ブルシットジョブ」でも我慢して仕事し、心身ともボロボロになって働き、生き残ったとしても、その人が幸せなキャリアなのだろうか。

ただし、解雇規制の見直しと解雇される労働者の職業訓練はセットでないといけないとは思う。そこは人への投資やリカレント教育、リスキリングなどを徹底的に支援すればいい。

□雇用流動化が必要?

解雇規制の緩和による雇用流動化はそれなりに慎重に制度設計は必要だろう。一時的に失業率は高まるだろうし、ある意味「痛み」を伴う改革である。しかし、ブルシット・ジョブと呼ばれる多くの人にとって「どうでもいい仕事」「やりがいのない仕事」やハラスメント溢れる「くそみたい」な職場や未来の見えない仕事や市場価値を失いつつあるスキルなどの状況にしがみつくより、「You are fired.」と言われて荷物をまとめて会社の建物から出て(晴天の霹靂にショックを受けるか、前を向くか、すっきりするか、は人それぞれ)、最先端や未来に役立つスキルを身に着けられる職業訓練を受け、再就職という方が労働者にとって幸せではなかろうか。セーフティーネットの徹底的な確立をしたうえでの雇用の流動化は日本経済にもメリットがあるはずだ。

(続く。

トップ写真:東京オリンピック11日目の朝のラッシュアワー風景 2021年8月3日東京・JR東日本品川駅

出典:Photo by Leon Neal/Getty Images

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