SNSで自分の意見は多数派と思う人が陥る怖い罠 精査したと思っている情報がすでに偏っている

閉鎖的なコミュニティ内で偏った意見や情報が増幅され、ほかの異なる意見や情報がかき消される「エコーチェンバー現象」。自分の関心に近い領域の情報に囲まれている状況下で起きるこの現象は、SNSの普及で加速度的に広がってきたとされる。SNSは閲覧履歴などから利用者個人の好みの情報を推測し、自動表示していく。SNSの隆盛に比例してその危険性は指摘されてきたが、利用者はどう対応すればいいのか。エコーチェンバーの専門家である東京大学大学院工学系研究科の鳥海不二夫教授(計算社会科学)に尋ねた。

鳥海教授は2021年9月、自らが開発したアプリ「エコーチェンバー可視化システムβ版」を公開した。

あるアカウントのTwitter(ツイッター)タイムラインに表示される内容がどの程度偏っているかを客観的にチェックできるシステムだ。タイムラインの内容やフォローなどを分析し、ツイッター全体に流れる情報と比較することで、偏りの度合いを「エコーチェンバー度」として表示する。このシステムでは、自分のツイッターアカウントと連携させると、まずは本人のタイムラインがどの程度特定のコミュニティに占められているかを「タイムラインのエコーチェンバー度」として表示する。

さらに、フォロー先のユーザーは「こんなことに関心がある人たち」として、「フォロー関係のエコーチェンバー度」が表示され、フォロー先の関心領域も文字の大小などで表現される。ほかにも、リツイートがどの程度特定のコミュニティーに偏っているかの「リツイートのエコーチェンバー度」などを表示し、アカウント所有者の党派性もデータで示してくれる。

このシステムの公開当初は予想を上回るアクセスがあり、サイトがパンクしたという。

「エコーチェンバー可視化システムβ版」。筆者(板垣)のツイッターアカウントを使って、エコーチェンバー度を出してみた

「自分の考え=世界の考え」という図式に陥りやすい

――システムを作った背景をお聞かせください。

エコーチェンバーという言葉は昔からあります。選挙を想像してみてください。よく、負けた側の人が「なんで負けたのか」という顔をしていますよね。「みんな自分に投票してくれるって言った」のに、蓋を開けると、負けてしまったと。よくある話です。

当人は「自分に投票してくれると言った人が大多数」と思っているんですが、実は自分の見えている範囲は、そんな広くないのです。自分の周りで起きている100%な事実は、世の中全体の0.1%の意見にしかすぎなかったりする。こんなことはつねにあるわけですよね。

そうした現実はSNSによって加速しています。SNSでは、個人の趣味や嗜好に合わせた関係性を構築していくため自分と似た感性の投稿・広告が表示されやすく、「自分の考え=世界の考え」という図式に陥りやすくなっているのです。

これは仕方ないことです。そもそもSNSなんて、みんな楽しいもののために使っているわけですから、自分があまり見たくない情報を遮断する仕組みはその点で理にかなっており、必然です。

だからこそ、SNSの利用に際しては、極端な意見しか増幅されない可能性があること、そして自分と異なる意見が必ずあるという気づきが必要となります。その発見のために「エコーチェンバー度」を開発しました。

誤解されると困るのですが、SNS上の言論が危険な状態だからその警鐘を鳴らすために作ったわけではありません。

一般には、あまり受け入れられていない意見も、世の中には当然存在しています。その意見自体が悪いわけではないですが、そういった意見に関連して自分で何か意見を言い、周りからも「そうだね」という答えが返ってきてしまうと、自分が間違っているということに気づけないんですよね。井の中の蛙、大海を知らず、というところでしょうか。

鳥海 不二夫(とりうみ・ふじお)/2004年東京工業大学大学院理工学研究科機械制御システム工学専攻博士課程修了(博士・工学)。2012年東京大学大学院工学系研究科准教授、2021年より現職。(写真:本人提供)

間違った情報に接していることを見抜くのは困難

――「見たい情報だけを見る」というSNSの選択的接触は、大きな問題として認知され始めています。2020年のアメリカ大統領選挙では、SNS上で「陰謀論」が流布され、トランプ氏の敗北を事実として受け入れない人々が大勢出現しました。1000人を超えるトランプ氏の過激な支持者たちが2021年1月6日、大統領選の不正を訴え、首都ワシントンで連邦議会議事堂を襲撃しました。今も記憶に新しい、衝撃的な出来事でした。

陰謀論による政治活動「Qアノン」や連邦議会への襲撃を見て、「もしかしたら自分は当事者になっていたかもしれない」と思う人は、そうそういないでしょう。しかし、ある側面ではすでに彼らと同じような状況になっていてもわれわれは自分では気づけないんですよね。エコーチェンバーの問題はそこにあります。

そもそも、人間がまんべんなくすべての情報を仕入れてくることは事実上できないのですから、自分が少数派なのか間違った情報に接しているのかを見抜くことは極めて困難です。

むしろ偏った情報を信じている人たちのほうが「自分は情報をきちんと調べて精査して結論に至っている」と考えていることが多いようです。そのときに精査した情報がすでに偏っている可能性になかなか気づけません。

――先生はどんな研究を経て、エコーチェンバーの研究にたどり着いたのでしょうか。

普段は、ソーシャルメディアやニュース閲覧行動の分析、AI(人工知能)の社会応用などの研究をしています。直近ですと、2021年10月に豊橋技術科学大学と香港城市大学と共同で「保守の声はリベラルの声よりも中間層に届きやすい」という研究結果を公表しました。これは、安倍政権時代の安倍元首相に関する1億2000万件以上のツイートを解析した結果です。

この研究では、2019年2月10日から10月7日までにツイッターへ投稿された「安倍」または「アベ」を含むツイート(約1億2000万件)を収集しました。そこから、好意的または批判的なツイート群を抽出し、それぞれのツイート群を計10回以上ツイートしたアカウントを保守かリベラルに分けました。

その結果、保守派のツイートは23.23%が中間層に拡散されているのに対して、リベラル派のツイートは6.46%しか中間層に拡散されていませんでした。保守派のツイートを中間層が拡散する割合は、リベラル派より約3.6倍多かったのです。

政治に強い関心を持つ人でツイッターなどのSNSで政治について話をする人は諸外国と比べると、日本では少ないです。それもあって、リベラルの声はリベラル界隈内でとどまり、数の多い中間層に届かない実態が生まれているわけです。これは、いまの政治環境でリベラル派が苦境に立たされている要因の1つと考えてよいのではないでしょうか。

このような研究から、実は多くの人たち、とくに主義主張のある人たちは自分たちの周りに同じような主義主張の人たちが多いことから、多数派であると思っているようなケースがデータ分析をしているうちに多く見つかりました。エコーチェンバーはその分析の中で見られる普遍的な社会現象でしたので、これを分析することは社会を理解するうえで重要なことかと思い、研究を行っています。

デマや誤情報は「勘違い」で流されることがほとんど

――研究対象にSNSを選んだのはなぜでしょうか。

SNSは社会現象を分析するうえでデータを取りやすいツールだったからです。その転換期は、2011年の東日本大震災でした。当時、SNSでは「給油タンクの火災で酸性雨が降る」「うがい薬を飲むと放射線に効く」といったデマが広がりました。

デマや誤情報なんて、最初から「人をだましてやろう」といったものはほぼ存在していません。比率で言えば、勘違いで流されることがほとんどです。ほかにも「面白いから」で誤った情報が拡散されることがあります。

一方では、「正しい情報を発信しなければ」と、社会正義感にかられて熱心に情報を拡散する人もいます。社会貢献をしたつもりになった人たちの暴走ですね。2020年のコロナ禍初期にあったトイレットペーパーの買い占め運動も、社会貢献をしたつもりになっている熱心な人による拡散が原因と考えられます。

――フェイクニュースが発生し、社会の分断がSNS上で起きるなかで、プラットフォーム側が負うべき責任はあるのではないでしょうか。

プラットフォームに限らず、責任は各所にあります。ユーザーがSNSで必要な十分な情報を得るには個々人の努力では限界があります。

情報環境の体質改善に向けて、デジタル・プラットフォーム(DPF)事業者、ユーザー、マスメディア、政府などさまざまなステークホルダーが取り組むべき施策を2022年1月に、憲法学者の山本龍彦・慶應義塾大学大学院教授と共同で提言しました。

「健全な言論プラットフォームに向けて――デジタル・ダイエット宣言」というもので、ポイントは5つです。

①幅広い情報にユーザーが触れることができる情報的健康(インフォメーション・ヘルス)を実現すること
②食品の成分表示のように、コンテンツの種目やどんなバランスで表示と配信をしているのかを「情報のカロリー表示」として明らかにし、ユーザーの判断材料とすること
③ユーザーが情報的健康を確認するための健康診断「情報ドック」の機会を定期的に提供すること
④「情報ドック」により、ユーザーが情報的健康に問題があるとなった場合には、希望する者にはバランスのとれた情報摂取ができるよう調整できるデジタル・ダイエット機能を備えること
⑤ユーザーの興味関心で成り立っている経済構造を変えること

情報的健康の達成は、社会的に大きな意義がある

⑤で提言した新しい経済構造の姿は現時点では明らかではありません。

ただ、ユーザーの趣味嗜好に合わせて広告を打ち出すネット広告の配信事業者のほか、その広告主やマスメディアも「アテンション・エコノミー」の渦に巻き込まれ、PV数といった単純な指標で動き、情報的な健康を阻害しています。そうではなく、その質などによってコンテンツを評価していくシステムの構築が急がれるでしょう。

このような情報的健康の達成は、社会的に大きな意義があります。まず、「エコーチェンバーの内部にいる方が快適な情報空間である」という現状認識を変えていくことは、ユーザー個人から始められる第一歩といえるのではないでしょうか。

(初出:東洋経済オンライン、2022年6月3日)

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