アフガン国民8割「その日暮らしもままならず」 父に代わり子どもが物乞い   ウクライナ侵攻で物価高騰、コーラン曲解するタリバン支配下で今、起きていること―安井浩美のアフガニスタン便り(5)

 アフガニスタンでイスラム主義組織タリバンが復権してから10カ月が過ぎた。ロシアのウクライナ侵攻で国際社会の目は一気にアフガンから遠のいた。連日ウクライナのニュースばかりで、アフガンの話は日本でも世界でも全くと言っていいほど報道されなくなった。世界の人々からは、アフガンがタリバン統治で収まっているかのように見られがちだ。しかし、実際の政権運営は名ばかりで、アフガン国内は最悪の状況だ。1000人以上が亡くなる地震が起きても、洪水で多数の死者が出ても、救援も復旧もままならない。現地に住む数少ない外国人として世界に訴えたい。アフガニスタンを忘れないで!(共同通信=安井浩美)

 

極度の栄養失調と診断され、手当を受ける女児

復権当初から女性の就労や就学を認めないなどタリバンの女性に対する抑圧は厳しさを増す一方だ。経済破綻で貧困がまん延し、栄養失調に陥った子どもたちが命を落とす事態も起きている。ウクライナでの戦争の影響は、中央アジアやロシアからの小麦輸入に頼るアフガニスタンにも降りかかっている。物価は急上昇し、小麦や食用油、さらにはガソリンも2倍以上に値上がりし、国民の生活は行き詰まっている。

 抵抗勢力によるゲリラ戦が各地で繰り広げられ、国際テロ組織のイスラム国(IS)による爆弾テロも後を絶たない。一般市民の拘束や拷問、果ては虐待も報告されている。しかしタリバンは、国内の治安は守られ、国内での戦争も確認されていないと主張。経済破綻には関心がないのか、タリバン指導部はイスラムの名の下で、もっぱら女性に対する規則の布告に忙しい。都市部は日雇い労働者が多く、その日暮らすのもままならない国民がおよそ8割を占める。仕事のない父親に代わり、子どもたちが街で物売りや物乞いをする姿が増えた。現地に暮らし、肌で感じる状況を私なりに報告したい。

家計を助けるために路上でキュウリを売る少年

 ▽平穏だけど常につきまとう恐怖感

 昨年のタリバン復権後、いったん国外に避難し3カ月ぶりにカブールに戻ると、街にはタリバン兵があふれていた。長髪で民族服をまとい、銃を肩から提げて街を闊歩するタリバン兵。日本製のピックアップトラックの荷台に乗る姿があちこちで見られた。ほとんどが私服の民族服で、軍人なのか警察なのか泥棒なのか見分けがつきにくい。最近では、ISや抵抗軍(反タリバン組織)によるテロや襲撃を警戒してか、街の至る所に検問所が設けられている。女性が乗車している車両が止められることはほとんどない。女性に対して敬意を示すと言っているが、本音は女性を蔑視しており、話を聞くまでもないというところではないだろうかと思う。

日本製ピックアップトラックに乗るタリバン兵ら

 街は至って平穏、見た目は何事もないように見えるが、国民にはそれが不気味に写る。復権当初は、タリバンの政策に反対する女性らによるデモがカブールでも行われていたが、度重なるデモに頭にきたタリバンはデモを禁止した。デモのリーダーや人権活動家を逮捕し、数週間に渡り拘束。その際に、脅迫、拷問もあったと聞く。実際に拘束された女性は、タリバンに口止めされのたか、何が起こったかを詳しく話す者はいない。タリバンの報復を恐れてデモは急速に減った。女子の学校再開やニカブ(イスラム女性が着用する目だけが見えるかぶり物)の強要反対などのデモが時折起きると、タリバン兵は空砲で威嚇射撃し、デモ隊は解散、毎回数人が逮捕されるという事態も起こっている。

 さらには、旧政権の治安関係者が夜な夜な自宅などから連れ出されて拘束され、行方不明や果ては殺害され、遺体が自宅に届くという事例も各地で起きている。40年以上戦乱がやまないアフガニスタン。国民は今ほど悲惨な時期はないのではないかと思う。1990年代の内戦中にも感じたことのない「恐怖感」だと皆が言う。自分がいつ、タリバンの標的になるのか誰にも見当がつかず、ただおびえるしかないという現状が人々の神経をさいなむ。国民の多くに覇気がなく、30年近くこの国を取材していて、今ほど精神的に追いつめられた状況は見たことがない。

 ▽マスク姿の女性キャスター

 

黒いマスクで顔を隠して番組に出演する女性司会者

タリバン復権当初から国民の娯楽が次々に禁止された。20年前のタリバン政権時にはたこ揚げも禁止されたが、現政権も少しずつ20年前の政権に戻ろうとしている。復権直後、国民の楽しみであるトルコやインドのテレビドラマの放送が一斉に禁止され、その代わりに宗教番組やクイズ番組などの再放送が行われた。そして女性のニュースキャスターも復権数日後には姿を消した。活躍していたテレビタレントやキャスターは一斉に国外へ退避した。ついこの間までは女性のタレントやキャスターも番組に花を添えていたが、タリバン政権の勧善懲悪省は5月初旬「女性は(髪を隠す)ヘジャブに加えマスクをつけて顔も隠せ」という規則を発表。その後、(全身を覆う)チャドルを着るよう指示するポスターが作られた。6月末には、テレビの女性キャスターやタレントも顔を隠すようにとの通達が勧善懲悪省から出され、規則を守らないと男性の上司や家族がその責任を取ることになると指示した。

 「Free Her Face(彼女の顔を解放せよ)」とハッシュタグをつけ、タリバンへの抗議を込め男性キャスターやタレントも女性キャスターとともに3日間マスクを着用し番組に出演、ソーシャルメディアを通じ世界に窮状を訴えた。毎朝、テレビをつけると黒いマスクをした女性が目だけで表情をみせながら、番組に出演している。なんとも滑稽な、信じられないような情景がアフガニスタンの日常を飾る。他のイスラム諸国の女性キャスターが顔を隠すことは少ない。民放「トロテレビ」の女性キャスターは「マスクで息がうまくできない」と訴えている。

 ▽宗教を政治利用する危険な政策

 タリバン政権の勧善懲悪省報道官は「規則はイスラム教の聖典『コーラン』に書かれていることだ」とし、イスラム教徒である私たちの「姉妹」は、まもなくこの規則を受け入れると話す。さらに「ヘジャブの着用ができれば女子校も再開する」と付け加えた。日本の中学、高校にあたるアフガンの女子学校は300日以上も、理由もよく分からないまま閉校し続けている。

子どもと一緒に路上で物乞いする母親

 これに対しアフガン女性らは「すでにヘジャブを着用しているし、今更何を求めるのか。コーランのどこにも女性が顔を隠す義務があるとは書いていない。女性が怖いのか?」と反発する。

 ここで問題なのが「ヘジャブ」のとらえ方だ。ヘジャブはアラビア語で「覆うもの」の意味がある。髪の毛が見えないように頭に巻くスカーフのことを指すのが一般的だ。女性のイスラム教徒は、髪の毛が見えると祈りが通じなくなると考えており、ヘジャブの着用が必要になる。コーランには「顔、手、足」は人間が生活する上で「自由」が認められ、ヘジャブで隠すことはできないとする。

 では、タリバンの言うコーランの一節は何が書かれているのか。カブールの宗教指導者に話を聞いた。コーランは「女性が近親者以外と話す時は、必ず帳(とばり=ヘジャブの言葉を用いている)の後ろから話しなさい。」という表現で書かれている。別の表現だと「女性が人前に出るときには長衣(=ヘジャブ)で頭から足まですっぽり体を包み込んで行くように」と表現されているものもある。ところが、顔を隠せとは明示していない。タリバンは「ニカブ」と言われる目の部分だけが見えるかぶり物を「ヘジャブ」に置き換えて女性達に顔を隠す用に強制していると宗教指導者は指摘する。別の宗教指導者は「タリバンの作ったチャドリ(インドやパキスタンからきた頭からすっぽりかぶるかぶり物。ブルカとも言う)とニカブの強要がコーランの教えだと唱えるポスターは間違っているので廃止すべきだが、いくら言っても聞き入れてもらえない」と訴えた。

 「ヘジャブ」と「ニカブ」の違いについて勧善懲悪省の報道官にしつこく問いただすと、最後には「ニカブ、ニカブ、ニカブを着用せよ」と話した。ニカブは、アラブ諸国発祥のかぶり物で、もともとアフガニスタンの文化にはないものだ。アフガニスタンのヘジャブは、大判のスカーフを体の線が隠れるように頭からまとうスタイル。イスラム教のあらゆる聖典にも「ニカブ」という記述はない。タリバンが男性に対して出したひげを生やせという規則に関しても、預言者がひげを生やすように信者に命じたという記述はコーランにない。タリバンはひげがないことを理由に投獄や拘束を行うこともある。アフガニスタンの宗教指導者は「タリバンの布告は、イスラムの教えを間違った方向に導いている」と警鐘を鳴らす。

 タリバンの布告通りマスクを着用している女性に聞いてみると、やはりタリバンに嫌がらせをされたくないというのが多くの意見。一方、着けていない女性の多くは、イスラムの教えにないものとして、顔を隠すことはしないと主張している。多くのアフガン女性はコーランの正当な見解を理解した上で顔を隠すか隠さないかの選択を自身でしているところは救いだ。

栄養不足に陥った脳性まひの乳児を抱く母親

 ▽無い無い尽くしの暮らし

 今のアフガニスタンは「無い無い尽くしだ」と民放のコメンテーターが話していた。国民は、お金が無い、食べ物が無い、人権が無い、女子の中高等教育が無い、命の保証が無い、自由が無い、極め付きは国家として世界に承認されていない。国民はタリバンを信じることが難しいが、タリバンに批判的と思われるニュースや番組は禁止、そのために実際に起こっている事件や事故も国民には伝わらない。インターネットで配信されるニュースや米国拠点の「アフガニスタン・インターナショナル」というダリ語の24時間放送のニュース番組で情勢をフォローするしかない。英語はなく現地語のみのため、現地在住の外国人には、情報入手は難しいのが現状だ。

 ムジャヘド報道官、ムッタキ外相はじめタリバンの高官は、治安は確保され、国内での抵抗軍による戦闘は報告されていないと主張している。だが、イスラム教シーア派住民を狙ったISの仕業と思われるテロは後を絶たず、国内の治安を確保すべきタリバン自身を標的にしたテロや抵抗軍による襲撃は実際に起こっており、決して国内の治安が落ち着いているとはいえない。ただ、件数が減っているのは事実だ。5年前の6月31日、カブール市内中心部のドイツ大使館前で600人の死傷者を出す爆弾テロが起きた。給水車におよそ2トンの爆発物を搭載しドイツ大使館前で爆発。爆心直近にいた交通警察など遺体すら見つけられない犠牲者もおり爆発の規模の大きさがうかがえた。

 その首謀者とされたテロ組織ハッカニネットワーク指導者の弟アナス・ハッカニ被告は死刑判決を受けながらも米国とタリバンとの和平合意に基づき、釈放された。多くの人々の命を奪ったテロの首謀者セラジュディン・ハッカニは現在、内務大臣として国を治める側にいる。米連邦捜査局(FBI)が巨額の懸賞金をつける人物だ。それがアフガニスタンを統治する側にいる。あまりに理解に苦しむ状況ではないだろうか。

勧善懲悪省報道官のムハジャル氏

 最近、ウクライナで民間人1人を殺害したロシア兵に対して終身刑が言い渡された。アフガニスタンでは、一度のテロで200人の人々が亡くなっている。首謀者は、罪に問われるどころか、国を治めている。この不公平さをどこに訴えればいいのか、国民同様私自身もここカブールでもんもんとした日々を送っている。この国の将来は、どこにあるのか。閉じたままのカーテンが再び開き、光が差し込む日が来るのか。国際社会の関心が再びアフガニスタンに向くよう願ってやまない。

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