“無名”のクライマーが歴史的快挙を達成!? ドキュメタリー映画『アルピニスト』監督が明かす孤高の天才のマネしたくなる人生観と、危険な撮影の舞台裏

『アルピニスト』© 2021 Red Bull Media House. All Rights Reserved.

カメラも無く、ロープも無く、そして一切のミスも許されない中、たった一人で人跡まれなアルプスの絶壁において歴史的な単独登攀を何度も成し遂げている孤高の天才がいる。独自の世界観を持ち、常に自身の限界へ挑戦し続ける現代のエクストリーム・クライマー、マーク・アンドレ・ルクレールだ。ドキュメタリー映画『アルピニスト』は、ひっそりと成し遂げられてきた偉業の噂を耳にした映画監督のピーター・モーティマーニック・ローゼンがマーク・アンドレの歴史的冒険となるパタゴニア登頂に挑む姿をとらえてた貴重な作品だ。長年、クライマーを撮影してきたベテラン映画監督の2人がマーク・アンドレの美しくも危険に満ちた人生をどのように描き、危険が伴う撮影を敢行したか明かしてくれたぞ。

モーティマー「マーク・アンドレの姿を撮影することができたら、必ず特別なものになると確信した」

優れた名声をもつクライマーがいるなかでマーク・アンドレ・ルクレールを選ばれた理由を教えてください。

ローゼン:ソロ・アルピニズムという、非常に珍しく、困難かつ危険、そして高度な技術を要するジャンルの最先端に挑戦するマーク・アンドレが、世の中の人々に全く知られていないこと自体が魅力的なストーリーだと即座に心を奪われました。マークは新たな歴史を作りあげるような凄いクライマーだったにも関わらず、無名だったんです。一体この男は何者なのか?何故、誰も彼のことを知らないんだろう?きっと何か面白いことがあるに違いない!と確信しましたね。

-20年以上クライミングを撮影してきた監督がマーク・アンドレの存在を知った時は、相当興奮し、まさに「何者だ?」と多くの謎と好奇心を感じたのではないでしょうか。

モーティマー:その通りです。これほどの偉業を成し遂げた凄い人でありながら、全く世に知られていない上に自分のことを外部に共有することに興味もない彼独自の世界観は、ドキュメンタリー映画製作者として本当に刺激的でした。例えば、ブラジルの浜辺でサッカー選手のネイマールがサッカーをしている姿を目にして「君、世界一(の才能の持ち主)じゃないか!」と絶賛した時に「いやいや、大したことないよ。自分が好きで、楽しいことだからやってるだけ」と返ってくるような感じで。マーク・アンドレの存在を知った瞬間に、彼の姿を撮影することができたら、必ず特別なものになると確信しました。

ローゼン「マーク・アンドレが巨大な大自然の中で挑戦する美しさを表現することが目標(ゴール)でした」

-これまで様々なクライマーを撮ってきたと思いますが、何か違う点はありましたか?

モーティマー:これまでに他のソロ・クライマーも撮影してきましたが、非常に数少ないソロ・クライマーの中でも、マーク・アンドレは傑出してアルピニズム界で高度なレベルを備えていました。彼は他の人達とは全く異なる独自のビジョンを持っていましたが、それは、彼がこれまでに読んできた本や育った環境、影響を受けた人たちから形成されたものだと思います。

-映画『アルピニスト』の撮影を進める中で、特に大事にしていたこと、気をつけていたことがあれば教えてください。
ローゼン:勿論、ソロ・クライミングの撮影では、第一に安全性には細心の注意を払わなければなりません。私たちは、この分野における世界屈指のシネマトグラファー等の撮影スタッフと厳密な作業を行っています。彼らは、最高のアルピニストであり、クライマーでもある、非常にアーティスティックなカメラマンたちです。芸術的なカメラワークと、クライミングにおいて高い技術レベルを備えた人は世界中でもほんの一握りで、おそらく、5、6人。その殆どの人達と共に仕事をすることができたことは、本当にラッキーでした。

それから、私たちは(ドキュメンタリー映画として、)真実に忠実なストーリーを伝えることに専念しました。マーク・アンドレが許してくれる限り、驚くべき偉業に挑戦する彼の後をついていく、あるいはついていこうとしただけです。彼は、単に山頂に到達するのではなく、精神的なヴィジョンや美学があり、私たちはカメラを通してそれを捉えました。 つまり、彼が巨大な大自然の中で挑戦する美しさを表現することが、私たちの目標(ゴール)でした。

-撮る方も危険を伴いますね。撮影中に注意していたことは?

モーティマー:私たちは、常に撮影スタッフの安全を重視しています。この作品の撮影中、たとえマークがどれだけ危険を冒していても、それは彼のリスク、そして彼の選択であり、私たちが同じリスクを背負ったりはしませんでした。私たちは、(山での)ロープの位置決めに2、3日は使うこともあります。私達の撮影スタッフは単なる普通のカメラマンではありません。彼らはクライマーであり、リガー(パラシュートなどの安全ギアの装着スタッフ)であり、そしてカメラマンなのです。登攀(とうはん)を得意とする安全管理(=セーフティー・)チームやリガー・チームの中には登攀の知識と経験値の非常に高い世界屈指のスタッフもいます。よって、私たちのリスクは非常に低いです。例えば、マークが雪崩のある危険な場所に行くことがあっても、それは彼の選択。私たちはそういった危険な場所に行くことはありませんし、誰かにそういった危険地帯で撮影させることもありません。だから、比較的安全です。恐らく、最も危険だったのは、ヘリコプターからの撮影ですね。高い所で撮影する訳ですから。でも、過去25年間、幸い私たちのクルーが事故に遭ったり、命を落としたことは一度もありません。

落下するところを撮ってしまうかも可能性もあります。どういう気持ちでカメラを回していますか?

モーティマー:そういう(=落下する瞬間を撮ってしまうかもしれないという)怖さや不安はあります。ですから、その可能性を最小限にするために、私達はできる限りのことをしています。我々はマークを信頼していましたし、彼の活動に(マイナスの)影響を与えるようなことはしないように心がけていました。

-フリークライマーにとってクライミングは「生を実感するもの」、監督にとってそうしたフリークライマーの映画を撮ることは、どんな意味がありますか?

ローゼン:当然のことですが、クライマーを撮影するカメラマンや監督として、危険と背中合わせの偉業に挑戦するどのクライマーに対しても、とてつもない信頼を置いています。山での撮影は確かに怖いですが、我々はマークやカメラマンを信頼しました。ですから、例えば、何かマズいと感じたら、無理して撮影などはしませんでした。登攀中のマークの心臓の鼓動は我々よりゆっくりでしたが、それは彼が(自分のクライミングに)自信を持ち、リラックスしていたから。それが一番大事なことですからね。

-劇中では“アート”という表現でも語られていましたが、監督にとってアルピニストとは?

モーティマー:私はアルピニズムに関する文学や歴史が大好きですが、現在は小さな子供が2人いますし、個人的には非常に臆病なクライマーです。アルパイン・クライミングは、恐らく最も危険な山登りだと思います。アルピニズムを上達させるには時間が必要ですし、登れば登るほど、事故が起こる可能性は高くなる。だからこそ、アルピニスト達は凄いと思う一方、私自身は全く勇敢なアルピニストではないですね。

-最後に監督からメッセージをお願いします。

モーティマー:人生を充実させる方法は数多くあると私は考えています。例えば、私は映画監督なので、人生の大半は映画作りに専念し、ベストを尽くすこと……つまり、自分が最も興味を惹かれるプロジェクトに取り組み、自分自身を成長させることに努めています。そして、マークは、人生を精一杯生きた素晴らしい例だと思います。 彼の天職は、非常にリスクの高いものでした。私個人は、命を危険にさらす必要はないと考えていますが、マークのお母さんは彼の天職を理解していたのでしょう。彼は山の中で自分自身を発見し、アルパイン・クライミングこそが彼が探検したかった自分の世界だったんです。

それから、マークから私が影響を受けたのは、「シンプルに生きる」ということでした。彼は、(片づけコンサルタントの)近藤麻理恵さんが実践しているような、人生に不要なものを片付けたミニマリスト的な生活を送っていました。携帯も所有せず、例えば2年先に自分が達成したい目標のために不要なものは全て捨て、全エネルギーを本当に自分が成し遂げたいことに向き合えるシンプルな環境作りをしていました。そんなマークから刺激を受け、私も以前よりシンプルなライフスタイルを実践するようになりました。自分の人生において不要なモノや活動内容は捨てていいことに気づいたんです。彼からの影響で、私は自分が本当にやりたいことに邁進することに時間を使うようになりましたね。

『アルピニスト』は、2022年7月8日(金) TOHOシネマズ シャンテ他全国公開。

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