参院選の投票を呼びかけるご当地ポスターが、街中にあふれる。お笑いコンビU字工事(栃木県)、俳優高橋ひかるさん(滋賀県)、元プロ野球選手黒田博樹さん(広島県)─。各地の選挙管理委員会が地元ゆかりのタレントを前面に出す啓発は、全国でおなじみだ。
昨秋の衆院選で横浜市出身の元AKB48メンバーを起用した神奈川県選管。過去のデザインをさかのぼると、若手俳優らをモデルに据え始めたのは1990年代後半からで、2010年代に定番化した。以前はイラスト中心だったが、知名度によるインパクトで人目を引こうと考えたという。
そのタレント路線が一転、今回登場するのは10~30代の一般県民6人だ。ダイバーシティ(多様性)を表現したという。キャッチコピーは「動かすのは私、」。4月に成人年齢が18歳に引き下げられて初の国政選挙でもあり、当事者意識の喚起を狙う。
国政選挙の投票率はシニア世代の7割前後に対し、若年層は5割に満たない。「デザインは手探り。投票率は一朝一夕で上がるわけでない」と県選管。試行錯誤の末の路線変更だった。
象徴的なアイコンで大衆(マス)の興味関心を刺激しようという選管の投票啓発。Z世代は「投票したいという気持ちが起きない」(大学生のテンキ)、「SNSや動画広告の方が刺さる」(パティシエのマサシ)と容赦ない。もはや、時代遅れなのだろうか。
「そもそもポスターである必要があるのか」と日本選挙学会理事の岩崎正洋・日本大教授(政治学)は問いかける。「ついた予算をただ消化しているようだ。戦略を練り直す時期だろう」
◆広告業界に学ぶ戦略
価値観が多様化するZ世代ら若年層の行動原理を追究しているのが広告業界だ。今後の投票啓発の在り方を、マス向けからパーソナライズ(個別最適化)に転換する近年のマーケティング戦略に学べるかもしれない。
例えば、容姿端麗なメーカー専属モデルが広告塔の主流だった下着業界。ありのままの外見を肯定する「ボディポジティブ」の価値観が広まり、モデルの体形は多様化。日本でも公募で一般モデルを起用するメーカーが登場した。
ADKマーケティング・ソリューションズのクリエイティブディレクター小塚仁篤さん(36)によると、ここ10年のトレンドという。「美しさの基準が多様化し、画一的な価値観へのアンチテーゼとして、自分らしさを尊重する機運が高まってきた」と解説する。
こうしたトレンドの形成は、テレビCMのような一方的な価値付けに加え、ソーシャルメディアの普及で双方向化している。昨秋の衆院選で、ネット上で影響力を持つZ世代のインフルエンサーが交流サイト(SNS)で仕掛けた投票啓発キャンペーンが話題になった。小塚さんは「行政の啓発より勢いを感じた」と振り返る。
◆派手さから飾らない構図へ
若年層の動機付けとして、小塚さんが強調する「共感性」。20歳前後を主要顧客に位置付ける商業施設「SHIBUYA109」も、ブランディングで重視していた。
Z世代のトレンドを捉えようと18年から定期的に意識調査を続ける。マーケティングチーム所長の長田麻衣さん(30)は「共感がモチベーションを生む」と信じる。表れる行動は商業なら「消費」、選挙なら「投票」だ。
調査でジェンダー平等に対する顧客の関心が高いと突き止め、6月は同性婚やLGBTQ+(性的少数者)を包括した多様な「愛」を見つめ直すキャンペーンを打った。
デジタルネーティブのはやり廃りは目まぐるしい。「発信側の価値観もアップデートしないと、あっという間に飽きられる」と長田さんは自戒する。見栄えのいい写真で共感を誘うSNSの「インスタ映え」も、派手さから飾らない構図へトレンドが移ろう。
現状の啓発ポスターは、投票行動自体が目的化されている。「投票は手段。Z世代の関心はその先の社会課題にある」と長田さん。「そこに訴求しないと、モチベーションは生まれないでしょう」