年収300万円以下だと円安で家計は年5.8万円の負担増−−製造業にメリットがある、というのは本当なのか?

急速に進む「円安」をめぐって、日本経済にとって円安が「良いのか」「悪いのか」の議論が絶えません。さまざまな議論をめぐり、「結局、円安ってどうなの?」と“混乱”している方が多いでしょう。この混乱こそが、金融を難しく感じさせる要因の1つだと思います。

そこで、今回は円安の悪い側面、良い側面をそれぞれきっちり解説していきます。


金融・経済には「色んな立場の人がいる」

金融や経済がよく分からない、難しいと感じる方も多いでしょう。私も学びはじめた時に、最初に苦しんだ壁です。金融・経済を難しく感じる要因に、1つの物事を取っても立場の異なる見解を持つ人がたくさん存在するということです。学生時代であれば、1つの物事に対しての答えは1つであることがほとんどです。しかし、現実社会と密接している金融・経済において、答えは1つではありません。

例えば、新聞を思い浮かべてください。冒頭で紹介されている識者は「円安はデメリットだ」と論じ、後半でコメントしている識者は「円安はメリットだ」と述べている記事を見たことはないでしょうか? 金融を学び始めた時に、最も混乱したのが識者によって意見が異なる点でした。でも、そういうものなのです。1つの事象を取っても、様々な立場の人が様々な意見を述べるものなんだ−−むしろ、それが正常なのだ、と腹落ちするまでに時間がかかりました。

新聞やメディアで識者が円安のメリット・デメリットを解説してくれていますが、それらは考える視座を与えてくれているのであって、最後は自分で受け取り、自分ならばどう考え、どう行動するのか、意見を持つことがゴールなのだと思います。

円安のデメリット

多様な側面を見ていく上で、まずは円安のデメリットを整理しておきましょう。

円安とは「円の価値が安く」なることですので、エネルギーや穀物などの輸入品への支払いにたくさんの円が必要になってしまいます。つまり、輸入コストが高くなり、輸入産業の業績が落ち込みやすくなります。

企業にもダメージですが、何より個人(消費者)への影響が大きくなる傾向にあります。いま、私たちが直面している「値上げ」は円安による原材料などの輸入品価格の高騰によって、企業がコスト分を値上げしなければならないところまで追い詰められています。

生活者としては「生活必需品の値上げ」などに見舞われています。賃金は変わらないのに、出費は増えてしまいますよね。

食料品やエネルギー価格が所得によってどれくらい影響が異なるか、試算した数値を見てみましょう。みずほリサーチ&テクノロジーズが発表した『政府の「総合緊急対策」の評価 ─ 資源高・円安を受けた物価高による家計負担増を緩和 ─』によると、年収が300万円以下の場合は年間5.8万円の負担増、年収1,000万以上の場合は年8.7万円の負担増というデータがあります。収入に占める割合で考えれば、低所得者のほうが、食料品やエネルギー価格の高騰のダメージを「約2倍」受けやすくなります。

特に、株式などの金融資産を持っていない場合には、資産が目減りしてしまうため注意が必要です。消費者からすると、恩恵よりも生活コストが増えるデメリットの方が大きく感じられるのが「円安」といえます。

円安のときにするべきことは、現金をはじめとした預金以外の「金融資産」を持つことです。日本株式、米国株式、投資信託、米ドルなどの外貨を持っておくことで、手元資金の目減りを防ぐことができます。

円安のメリット

一方で円安のメリットは、どちらかというと個人よりも、企業側の方が大きくなります。企業が利益をだせるならば、日本経済を底上げし、賃上げによる家計の消費にも寄与すると考えているのが、一般的な円安メリットのロジックになります。

円安になると、海外からすれば日本製品が安く買えるようになります。日本製の自動車や電子部品などの輸出製品がよく売れるようになり、輸出産業が活発になります。トヨタ自動車は、1円の円安で400億円のプラスだと言われています。もちろん、輸出産業も海外から資材や部品を輸入することを考えれば、輸出企業もコスト高に見舞われることでしょう。

現在、円安が急速に進んだにもかかわらず、日本株が軟調な理由は、「本当に円安が製造業にプラスなのか?」と懐疑的な人が多いからだと私は考えています。しかし、どこかで「円安は日本企業にメリットなはずだ」とも考えているため、今のような方向性のない、米国株主導の値動きになっているのです。

製造業の筆頭であるトヨタの第一四半期の決算が8月、第二四半期の決算が11月と続きますので、この決算の情報を見ながら、はたして円安は製造業にメリットなのかを確かめたい、という思惑があると見ています。

そして、円安はインバウンド旅行者にとっては、安く日本の旅行ができるため魅力的です。経済再開やインバウンド関連の銘柄は、すでに動き出していますが、入国の人数制限が解除されれば、圧倒的な恩恵を受けることが予想されています。

日本の不動産に目を向ければ、首都圏のマンション価格はバブル期を超えるまでに高騰しています。これは、海外投資家から見た時に、円安効果もあり治安のよい日本の不動産が割安に感じられた結果です。それに加えて、日本だけが「利上げ」をしていない低金利状態ですので、不動産投資にも追い風となっています。

経済アナリスト馬渕磨理子はこの円安をどう捉えているか

私は、これらの点を踏まえて円安のデメリットを理解しつつも、日本企業が部分的に恩恵を受けている円安の側面に注目しています。製造業の今期の決算情報を待ちながらになりますが、円安が製造業にとってメリットである確信を持てるタイミングになれば、明らかに「日本株=割安」だと認識されるでしょう。米国の利上げで行き場の失ったマネーの矛先が日本に向かうのも時間の問題かもしれません。

最後に、円安で製造業が恩恵を受ける側面があり、工場も国内への回帰が進むでしょう。そして、インバウンド需要では、安い日本のサービスに海外の方々が喜んで消費することが期待されています。割安の日本の不動産にも引き続き海外マネーが入ってくることが予想されます。コロナからの復活を遂げるには、短期的に「安い日本」を売りにして、多くの消費や投資を呼び込むことは経済にとって必要です。しかし、それは、これまでと同様に日本を労働集約型の国に押し留めることに他なりません。円安を論じるならば、目先のコスト高の話だけではなく、長期的に日本がどうなっていくのかを考えることに意味があるように思います。

日本のサービスやモノに「付加価値」を付けて、価格を思い切って上げることで賃金上昇の循環を作ることができる、これが最後のチャンスかもしれません。日本企業を守り、日本の雇用を守る。円安という難題に皆で考えることで、染みついた30年のデフレマインドを払拭できるのではないかと思います。

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