「1泊たった千円」長期入院の子どもに付き添う親の味方、専用宿泊施設〝HHH〟に入ってみた 保護者同士で交流、ぎりぎりの精神状態を和らげる「第2のわが家」

ハウスでくつろぐ家族(ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパン提供)

 小児がんや先天性心疾患などに代表される「小児慢性特定疾病」と闘う患者は、厚生労働省によると2020年度末時点で12万人を超える。専門的な治療になるため、自宅から遠く離れた大規模病院に入院する患者も多い。ただ、入院が長期にわたる場合、病気の子どもはもちろん、付き添う親にも物心両面で重い負担がのしかかる。
 こうした患者や家族の負担を軽くするための専用宿泊施設が全国に130カ所以上あるのをご存じだろうか。生活に必要な設備はそろっており、いずれも宿泊費は1泊1000円ほどと安価だ。ゆっくりと体を休められるだけでなく、ボランティアや病気の子を持つ他の保護者との交流を通じて「自分は一人ではない」と孤独感を癒やす場にもなっている。(共同通信=禹誠美)

 ▽心身の疲れ、癒やす空間

 5月下旬に公益財団法人ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパン(東京)が運営する大阪府摂津市の施設を見学した。
 JR京都線岸辺駅の目の前に建つ国立循環器病研究センター(国循)。心臓病や脳卒中などの専門的な治療・研究に特化したこの大規模病院の東側に建つのが「ドナルド・マクドナルド・ハウス おおさか健都」だ。「第2のわが家」をコンセプトにした平屋建ての新しい施設で、宿泊部屋は20室ある。元々は2005年に吹田市内に開設されたが、国循の移転に伴い3年前に現在の場所に移った。

「ドナルド・マクドナルド・ハウス おおさか健都」の外観=5月

 建物の中に入ると、入り口近くには端午の節句に合わせ、かぶとやこいのぼりが飾られていた。その隣には、ボランティアが製作したかわいらしい木工作品の人形や椅子が並ぶ。病院とハウスの往復で心身ともに疲弊する親が、少しでも季節を感じたり、ほっとしたりできるように工夫を凝らしているという。
 ベッドルームに囲まれた中庭には日差しがたっぷりと入る。各部屋にはベッドが2台とユニットバスが備えられ、色とりどりの壁紙やベッドカバーは温かい雰囲気を醸し出していた。
 岐阜県から来た女性(28)は、先天性心疾患のある長女(取材当時2カ月)の治療のため、4月からハウスに滞在しているという。手術を終えた長女は小児集中治療室(PICU)に入院しており、面会できるのは一日30分だけ。「スタッフやボランティアの方々が優しく、『行ってらっしゃい』と声をかけてくれる。キッチンに行けば他のお母さんがいて、不安に思っていることを相談できるのがありがたい」と話す。

広々としたキッチン・ダイニング=5月

 ▽ほぼ手ぶらで利用可能

 ハウスの利用対象は20歳未満の患者とその家族。面会時間内は病院で子どもに付き添い、それ以外の時間はハウスでゆっくり過ごすことができる。病院から一時帰宅の許可が出た際は、いつもは自宅で暮らしている家族も集まって、患者の子どもと一緒に滞在することも可能だ。利用料金は1人当たり1泊1000円で、患者が泊まる場合の費用は無料になる。
 3人の常勤職員の他に、ボランティアがシフト制で24時間常駐。活動しているスタッフは全体で約80人に上る。50~60代の女性らが中心で、清掃や洗濯、電話対応などの業務に加え、木工や園芸、パッチワークなどそれぞれの得意分野でハウスに彩りを加えている。
 テレビとソファが備え付けられたリビングの隣は、キッチンとダイニングのスペースだ。自炊できるように、IHこんろとシンクのセットが6カ所あり、自由に使える大きな冷蔵庫も完備。寄付された白米やレトルト食品、冷凍食品などは自由に食べられる。疲れきって食事がおろそかになりがちな保護者のために、企業が弁当を寄付したり、手料理を振る舞ったりすることもあるという。共用の洗濯・乾燥室や多目的室も備え、持参するものはパジャマやタオル程度。ほぼ手ぶらでも利用できるようになっている。

キッチンの一角。寄付されたレトルト食品やパスタなどが並ぶ=5月

 施設を見学して感じたのは、「闘病する子を支える親のケア」という視点だ。私自身も経験があるが、病室で子どもと一緒に泊まり込む「付き添い入院」をする場合は、親に大きな負担がかかる。
 付き添い入院では、親は24時間子どもに付きっきりで、寝食もままならない。子どもの食事や服薬の介助を任せられるなど、医療現場の戦力として扱われる一方で、どれだけ疲労がたまっても体調は自己管理。私が最もつらかったのは息抜きをしたり、弱音を吐いたりすることすらできないことだ。子どもが心配でそばにいたい気持ちはもちろんあるが、自分の存在がないがしろにされているのではないかと感じるほど、心身の負担が大きかった。

乳幼児が入院する病室。手前は保護者用の簡易ベッド

 子どもの治療には家族の支えが重要だが、その家族にも誰かのサポートが必要だ。マクドナルド・ハウスのように、他の人が少しでも気にかけてくれ、不安な気持ちを共有できたら、保護者の負担軽減につながるだけでなく闘病中の子どもにもプラスに働くのではないだろうか。

 ▽孤独感の解消に

 「無事に回復できるか」「ドナーはいつ見つかるか…」。不安を抱えながら子どもの看護に追われる保護者の精神状態は常にぎりぎりだ。施設を管理するハウスマネージャーの小泉直人さん(49)によると、利用するのは重い心疾患のある子どもや心臓移植を待つ患者の親がほとんど。重い病気だと判明して緊急入院したり、ドクターヘリで搬送されて来たりすることもある。「思い詰めて、わらにもすがる思いで来られる方も多いですね」。利用者は全国から集まり、数カ月から数年単位の長期滞在が多いという。

ハウスを案内する小泉直人さん=5月

 快適に生活できる設備もハウスの特長だが、何よりも親の精神的負担を和らげられる場であることが重要だと小泉さんは強調する。「ここなら一日の面会を終えて夜遅くに帰ってきても、明かりがついていてボランティアが『おかえり』と声をかけてくれます。病気を抱える子を持つ親同士で悩みを打ち明けたり、たわいのない話をしたりすれば、孤独感の解消にもつながる。ハウスにいる間だけでも笑って楽しく過ごし、明日への活力につながったら。そういう『あって良かった』と言ってもらえるハウスであり続けたいです」

利用者の感想「このハウスを利用させてもらうことができて、本当に良かったなと思います」=ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパン提供

 ▽ハウス同士の連携を

 ドナルド・マクドナルド・ハウスは1974年に米国で始まり、国内では2001年に初めて東京都内に設置された。現在は札幌市、名古屋市、福岡市などの都市部を中心に全国に11カ所あり、今年秋には新潟市にも開設される予定だ。
 同様の患者家族滞在施設は「ホスピタル・ホスピタリティ・ハウス(HHH)」と呼ばれ、全国組織「JHHHネットワーク」によると、国内には約70の運営団体、130以上の施設がある。団体はいずれも非営利で、運営費は寄付や会費などで賄われている。
 同ネットワークのホームページを管理し、都内で9施設を運営する認定NPO法人「ファミリーハウス」の植田洋子事務局長(63)にハウスが果たす役割や課題を聞いた。

Zoomで取材に応じる植田洋子さん=6月

 ―ハウスの活用にはどんな利点がありますか。
 かつては入院期間が数カ月から数年単位と長かったのが、近年では小児がんの抗がん剤・放射線治療なども外来で行うようになりました。それに伴い、病院の近くで親子が一緒に滞在できる場所がより必要になっています。ハウスの利点は保護者の経済的負担を軽減することだけではありません。ボランティアや医療従事者、同じ境遇の保護者と出会うことで「自分は一人ではない」「声を上げれば助けてくれる人がいる」といった精神的ケアができる場だと考えます。

 ―ハウスを利用したい場合、どのようにアクセスすれば良いでしょうか。
 「JHHHネットワーク」のホームページから全国のハウスを検索することができます。都道府県ごとに一覧があり、各ハウスの所在地や連絡先が掲載されているので、そちらを参照してください。

 ―他国では、患者や家族のケアはどのように行われていますか。
 欧米では、医療機関側が患者や家族のニーズをよく理解しています。たとえば、フランスでは子どもが移植のために入院すると、親ときょうだいが同じ病室に泊まれるように各自のベッドが用意され、食事も提供されると聞いたことがあります。患児に付きっきりの状態が負担であれば、休憩できるようにハウスも備えられています。ドイツでも1970年代から家族のケアが進んでいます。

 ―日本ではハウスをもっと増やした方がいいのでしょうか。
 医療機関側の治療と密接に関係するため、一概にこうすべきだと言えません。病気の種類にもよりますが、入院日数を短縮している病院もあれば、親に付き添いを求める病院もあります。施設数はもう少しあった方が良いと思いますが、どれくらいを適切と言うのかは悩ましいところです。施設によって特徴も異なります。他の保護者とふれ合える大規模なハウスは、子どもが初めて病気になった人たちにとっては安心できる場所になると思います。一方で、病状が深刻で全力を挙げて闘わなければいけない人たちにとっては、ハウスの運営に医師や看護師らが関わってくれる、ある程度専門性の高いハウスが必要です。利用者にとって、選択肢は多い方が良い。選択肢を広げていくためには、施設同士の連携が重要だと思います。

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