【客論】同志社大大学院総合政策科学研究科教授 大和田順子 農業遺産の理念町民に浸透

 「梅雨」は梅の収穫時期である。4月中旬、和歌山県みなべ町清川のお寺の住職で梅加工業を営む赤松宗典和尚から「ぜひ梅の収穫を体験してください」という筆文字で巻物の手紙が届いた。そこで、同志社大の大学生・大学院生6名とともに6月12~13日、同地を訪問した。京都から車で2時間半ほどである。

 みなべ町は人口1万1500人余り、梅の生産量は日本一で南高梅誕生の地である。山も海もある。2015年12月に世界農業遺産(GIAHS)に認定された高千穂郷・椎葉山地域と同期で、認定から7年目を迎えた。私が世界農業遺産等専門家会議の委員として初めて現地調査に行ったのが同地だったこともあり、鮮明に記憶に残っている。

 「世界農業遺産みなべ・田辺の梅システム」は、「養分に乏しい斜面の梅林周辺に薪炭林を残し、水源涵養や崩落を防止、薪炭林を活用した紀州備長炭の生産と、ミツバチを受粉に利用した梅栽培」であり、約400年前から続く。

 海辺の海鮮料理で昼食を済ませ、訪問先である清川地区に車で30分ほど移動。町の東端に位置する山間地である。まずはウグイスの声を聞きながら鈴なりの青梅の収穫。日に当たる部分は赤く色づき美しい。次はニホンミツバチを見学。住宅の庭先に何個も置かれた巣箱にたくさんのミツバチが飛んでいる。このハチミツで作った梅干しや梅酒はとてもおいしいそうだ。
 続いて製炭士の原正昭さんの炭焼き窯へ。ウバメガシを原料とする紀州備長炭はとても固く、たたくと高く澄んだ音がする。原さんは3代目で、最近は移住して製炭士を目指す人も増え、指導に力を入れているという。林道を歩きながら「択伐(たくばつ)」という循環型の木の切り方、森づくりのことなどを教えてもらった。

 夕刻にはみなべ町うめ課職員、町議、製炭士、町民の方々と意見交換。議員もうめ課職員も梅農家でもあり、繁忙期にもかかわらず駆けつけてくださった。GIAHS認定後しばらくして、住民からの提案活動が増えたこと、梅の価格が上がり農家の収入が増えていること、炭焼きを志望するIUターン者が増えていることなどが報告された。特に住民主体の「世界農業遺産まちキャンパスプロジェクト」によるウバメガシや蜜源樹の植樹、ミツバチ巣箱づくりなど熱心な活動には心打たれた。GIAHSが町民に根付いていっていることに胸が熱くなった。

 私からは、農業遺産とSDGsの関わりや「SDGs未来都市」の話をした。5月に2022年度の「SDGs未来都市」が公表され、GIAHS認定地域からは宮城県大崎市、新潟県佐渡市、石川県輪島市などが選定された。これまでも滋賀県(19年)や岐阜県(20年)などが農業遺産の内容を盛り込み選定されている。今後はみなべ町でも備長炭の山づくり、梅とミツバチなど農業遺産の内容で応募を検討してはどうかと提案した。

 意見交換後は屋外で梅酒を片手に、備長炭で焼く猪肉、鹿肉、魚介類をさかなに未来を語り合い、夜は更けていった。

 おおわだ・じゅんこ 1959年東京都生まれ。世界農業遺産等専門家会議委員として、高千穂郷・椎葉山地域の認定に関わった。京都市。

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